日本大百科全書(ニッポニカ) 「森博嗣」の意味・わかりやすい解説
森博嗣
もりひろし
(1957― )
小説家。愛知県生まれ。名古屋大学大学院工学研究科修了後、三重大学助手を経て、名古屋大学助教授に。1995年(平成7)、ミステリー誌『メフィスト』に「冷たい密室と博士たち」の原稿を応募、編集者に注目される。続いて「笑わない数学者」を1週間で書き上げ投稿。さらに3作目の「詩的私的ジャック」も書き上げたが、編集者の意向で4作目となる「すべてがFになる」(1996)を第1回メフィスト賞受賞作として刊行することになる。N大学工学部助教授犀川創平(さいかわそうへい)と同学生西之園萌絵(にしのそのもえ)のコンビで展開されるこのSM(主人公2人の名前の頭文字)シリーズは、前述した4作に加え『封印再度』『幻惑の死と使途』(1997)、『今はもうない』『夏のレプリカ』『数奇にして模型』と以下続々と刊行され第十作の『有限と微小のパン』(いずれも1998)で完結をみる。このシリーズは理系ミステリーと呼ばれる。その理由は、一つには大学の研究室が舞台となり、理系の研究者や学生が多く登場するからであるが、あくまでそれは表面的な事柄にすぎない。「理系」の真の意味は、徹底した理系思考で事件の謎を解き明かしていくことにある。それゆえ、ときに事件を彩るはずの人間ドラマや、犯人の動機には何の興味も示されない場合がある。探偵役はただひたすら「いかなる条件が揃えばこの犯行は可能であったか」を論理的に考え、事件の犯人はこの人物でしかあり得ないという結論(解答)を引き出すのである。その際に、従来のミステリーでは重要視されていた犯人の動機に関しては、驚くほど無関心となっている。というより、こんな動機ではたして犯行に及ぶだろうかと思わせるものもある。しかし、理系ミステリーは人間の心理部分を除いた、物理的な犯罪の構成要因だけを問題とする。これは作者の資質ということもあるだろう。彼が初めて読んだミステリーはエラリー・クイーンの『Xの悲劇』だったそうだが、この本を読んで当時中学生だった彼は、「どうして謎を謎のままにして話が進んでいくのか」「(探偵が)どうして他人の行動をそこまで突き詰めて考えられるのだろう」と真剣に悩んだのだという。
99年には『黒猫の三角』を筆頭とする私立探偵保呂草潤平(ほろくさじゅんぺい)のシリーズを開始。また初のノン・シリーズ『そして二人だけになった』(1999)も刊行。執筆ペースの異常な速さも人気の要因となっている。
[関口苑生]
『『すべてがFになる』『冷たい密室と博士たち』『笑わない数学者』『詩的私的ジャック』『封印再度』『幻惑の死と使途』『夏のレプリカ』『今はもうない』『数奇にして模型』『有限と微小のパン』『森博嗣のミステリィ工作室』『黒猫の三角』(講談社文庫)』▽『『そして二人だけになった』(講談社ノベルス)』