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横山作次郎 よこやま さくじろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

横山作次郎 よこやま-さくじろう

1864-1912 明治時代の柔道家。
元治(げんじ)元年生まれ。天神真楊流の井上敬太郎の門下となり,明治19年講道館にはいる。払腰(はらいごし),足払,横捨身などの得意技で柔術諸流とたたかい,「鬼横山」といわれた。警視庁師範。37年7段にすすみ,死後8段をおくられた。大正元年9月23日死去。49歳。武蔵(むさし)豊島郡(東京都)出身。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

横山作次郎

没年:大正1.9.23(1912)
生年:元治1(1864)
明治時代の柔道家。農家の次男として武蔵国練馬(東京都)に生まれる。明治19(1886)年4月に講道館に入門。富田常次郎,西郷四郎,山下義韶と共に講道館四天王ひとりとなる。20年の警視庁武術大会では良移心頭流の中村半助と55分におよぶ激闘を演じた末に引き分けとなる。その後,鬼横山の異名がつけられた。21年3月に4段,37年10月7段,死去に伴い8段を贈られた。講道館柔道初期の隆盛の立役者であった。<参考文献>工藤雷介『秘録日本柔道』

(藤堂良明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

横山作次郎
よこやまさくじろう
(1863―1912)

明治の柔道家。講道館草創期の功労者の1人。西郷四郎、山下義韶(よしあき)、富田常次郎(つねじろう)とともに四天王に数えられた。東京府豊多摩(とよとま)郡野方(のがた)村(東京都中野区)の農家の次男に生まれ、初め天神真楊(てんしんしんよう)流井上敬太郎の門に学んだが、1886年(明治19)嘉納治五郎(かのうじごろう)の門に入って柔道に専心し、翌年の警視庁武術大会に、久留米(くるめ)出身の良移心当(りょういしんとう)流の中村半助(はんすけ)と1時間の熱闘のすえ引き分け、一躍鬼横山(おによこやま)の異名をとった。88年1月、早くも講道館3段を授与され、98年(明治31)には6段、1904年(明治37)には7段に進んだ。
 1905年(明治38)大日本武徳会に、乱取形(らんどりがた)制定委員会が設けられ、嘉納治五郎が委員長になったとき、山下義韶らと委員補としてこれに参加した。払い腰、足払い、横捨身などを得意技(わざ)として駆使し、また酒豪として有名だったが、1912年(大正1)50歳で死去。8段を追贈された。[渡邉一郎]

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