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比較経済体制論 ひかくけいざいたいせいろん comparative analysis of economic systems

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世界大百科事典 第2版の解説

ひかくけいざいたいせいろん【比較経済体制論 comparative analysis of economic systems】

ある社会には,いろいろな経済制度・経済機構が,生産,流通,消費,金融,財政などいろいろな面において存在している。そして,それらはあれこれと無秩序にあるものではなく,互いに整合性をもって存在し,すべてが一つの有機的な相互連関をなしてその社会における経済活動の基本的な型(パターン)を形づくっている。そのようなものとして,人々が社会において経済活動を営む際にとり結んでいる社会的な諸制度・機構の複合体を,経済体制という。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

比較経済体制論
ひかくけいざいたいせいろん
comparative economic systems

異なった経済体制を比較論的に考察する経済学の一分野をいう。単に「経済体制論」economic systems, economic systems theoryという場合との境界線はあまり明確ではないが、「比較」をつける場合には、社会主義との比較を強く意識しているのが通例であった。経済学の一分野としての性格規定、対象、範囲、方法論については定説があるとはいいがたく、「自己の定義を模索しつつある学問分野」(A・エックスタイン)ということばは、事態の核心をついていた。ただ、1980年代に入ると資本主義と社会主義の両体制ばかりでなく、発展途上国の経済体制をも視野に入れ、また現代資本主義の各国類型の間や、社会主義経済の各国類型との間にも比較論的アプローチを必要とする分野が広がっていたから、厳密に定義するよりも、比較経済体制論的アプローチと幅広くとらえたほうが有効であるかもしれない。
 比較経済体制論のジャンルとしての成立過程は、ソビエト革命で資本主義の対抗物としての社会主義が成立したときに始まる。しかし、初期のものは、資本主義、社会主義、共産主義、ファシズムといった、政治的、イデオロギー的な大分類によるものが主で、経済分析といえるものではなかった。大恐慌(1929~33)が転機となって、資本主義への内省的な分析が加えられるようになり、それとともに生産手段所有の公有制および中央計画化のもとでの経済体制の機能の仕方に比較論的な関心が強く寄せられるようになった。
 この意味で画期をなすのは、主として1930年代なかばに行われた「社会主義における経済計算論争」である。おもな登場人物はL・E・ミーゼス、F・A・ハイエク、O・R・ランゲ、M・ドッブその他で、この論争の焦点は、生産手段が公有化され市場価格が成立しない社会主義の場合、中央計画当局による合理的・効率的な資源配分と経済活動の編成ははたして可能なのか、可能とすればいかにしてそれを行うのか、という点にあった。ミーゼス、ハイエク、L・C・ロビンズらの不可能論に対し、ランゲらは、中央計画が市場の機能をシミュレーション的に代位遂行する「競争的解決」の可能性を論じた。このランゲの考えは、スターリン批判(1956)以後の経済論争のなかで再評価され、「計画」と「市場」を結合した分権的社会主義経済の理念型を示したものとして市民権を回復することになった。それとともに資源配分の効率性、集権と分権、市場機構の利用とその範囲といった角度から社会主義経済の機能システムにより大きな注意が払われるようになり、経済体制一般の機能論的分析にも新生面が開かれたことを強調しておく必要があろう。
 それ以降、社会主義崩壊にいたるまでの理論的潮流は錯綜(さくそう)している。新古典派の一般均衡分析を経済体制評価の尺度とし、この観点から社会主義諸国での経済改革の不徹底性を批判する流れは依然、西側での主流だったが、1960年代末からの先進国における公害・環境問題の深刻化から「政府の失敗」と並んで「市場の失敗」にも等しく力点を置く動きが違った視点を提示しつつあった。1970年代には経済サイバネティックスや情報理論の利用によるシステム論的アプローチで「中立的」な比較経済体制論を構築しようとする試みもあったが、現実の社会主義のように高度に「政治化」された経済システムを分析するには有効とはいえなかった。他方では、1970年代末からは中国の経済改革が、1980年代なかばからゴルバチョフのソ連での改革が世界の注目を浴びるまで、社会主義諸国での経済改革は期待されたほどの成果を上げなかったことから、J・ティンバーゲンに代表される1960年代の両体制の「収斂理論(しゅうれんりろん)」も影響力を失っていた。
 このなかで1980年代に入るころから、「需要制約システム」としての資本主義と、「資源制約システム」としての社会主義という視点から、両者に共通する経済的「病」を相対化してとらえようとするJ・コルナイの「不足の経済学」は、この時期の比較経済体制論に一石を投じたものといえる。しかし、そのコルナイも1980年代末の時点では私企業セクターの大胆な拡大を主張し、分権的社会主義経済論の始祖ともいうべきW・ブルスは、資本市場を含む「全生産要素の市場化」を主張、両者とも実質的に体制転換、「再資本主義化」の容認に接近しつつあったことに注目すべきであろう。
 1989年から1991年にかけてのソ連・東欧社会主義の崩壊は、「社会主義」との比較に大きな力点を置いた比較経済体制論の終焉(しゅうえん)を告げるものであった。しかし、1990年代にはこれら諸国の市場経済移行に対応して、広義の比較経済体制論としての「移行経済論」あるいは「移行の経済学」が時の花形となった。社会主義崩壊と体制転換開始から20年の歳月を経た今日、市場機構が資源配分の基本メカニズムになったという限りでは、ロシア・中東欧諸国における市場経済移行は基本的に終了した。しかし、それは広義の比較経済体制論の役割が失われたことを意味するものではない。第一に、そこに成立しつつある資本主義は依然、「ポスト社会主義の資本主義」といえる特徴を失ってはいない。これを近年、注目を浴びつつある「資本主義の多様性」研究の枠組みのなかで追求するのが大きな課題となろう。伝統的に社会保障に大きな力点を置いた「欧州型資本主義」(典型的にはドイツの「社会的国家」)も、1990年代からのグローバリゼーションに伴う市場競争の激化のなかで変容を迫られてきたから、「資本主義多様性論」はさらに広い課題に面することになる。第二に、「社会主義市場経済」をたてまえとする中国は、経済体制としてはほとんど資本主義でありながら政治体制としては共産党支配を維持しているという限りで、実質的には「開発独裁型資本主義」といえる状況となってきている。これを「資本主義多様性論」の枠内でどう分析できるか、またその体制転換の可能性をどうみるかが、大きな研究課題となろう。第三に、2008年に始まった世界経済恐慌は、社会主義崩壊後の20年間、資本主義の勝利とグローバルな自由化を謳歌(おうか)してきた世界資本主義にとって、社会主義の崩壊に匹敵する潜在的意味をはらんでいると思われる。かつて1930年代恐慌が戦後資本主義の基本類型となる「ニューディール型資本主義」を引き出したような経済思潮の転換が生じるかが問われるであろう。このように考えれば、「狭義」の比較経済体制論は終焉を迎えたが、「広義」のその役割には依然、期待されるべきものが大きいといわなければならない。[佐藤経明]
『飯尾要著『経済サイバネティクス』(1972・日本評論社) ▽村上泰亮他著『経済体制』(1973・岩波書店) ▽J・コルナイ著、盛田常夫・門脇延行編訳『反均衡と不足の経済学』(1983・日本評論社) ▽J・コルナイ著、盛田常夫訳『「不足」の政治経済学』(1984・岩波書店) ▽J・コルナイ著、盛田常夫編訳『経済改革の可能性――ハンガリーの経験と展望』(1986・岩波書店) ▽盛田常夫著『体制転換の経済学』(1994・新世社) ▽佐藤経明著『ポスト社会主義の経済体制』(1997・岩波書店) ▽マリー・ラヴィーニュ著、栖原学訳『移行の経済学』(2001・日本評論社) ▽山田鋭夫著『さまざまな資本主義――比較資本主義分析』(2008・藤原書店)』

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