改訂新版 世界大百科事典 「比較静学」の意味・わかりやすい解説
比較静学 (ひかくせいがく)
comparative statics
消費者の嗜好や資産の量,生産技術等を一定とするとき,個人の合理的な最大化行動から各財に対する需要関数(曲線)と供給関数(曲線)が導かれる。そして市場における需要関数と供給関数の値が一致するように価格と取引量(生産量=消費量)が定まり,その状態は一定とされた外的条件(与件)に変化がないかぎり維持されるというのが均衡理論の基礎となる考えである。
しかし与件の変化は一般に均衡値(生産量,消費量,価格)に影響を及ぼす。たとえば生産技術の向上によるある一つの財の費用の低下は供給関数を右に(図のSからS′に)シフトさせ,その財の生産量を増し,価格を低下させる(EからE′の座標を見よ)のが普通である。またある財に対する課税はその財の価格を上げ,取引量を減少させることも同様にして知られる。
このように与件の変化の前と後との二つの均衡点を比較することにより,与件の変化の経済的影響について分析するのが比較静学の方法である。部分均衡理論の枠組みの中で比較静学の方法を援用することにより多くの興味深い結論を導いた経済学者としては,ケンブリッジ学派のA.マーシャルの名が知られている。彼の手法は後にJ.R.ヒックスやP.A.サミュエルソンらにより一般均衡理論の枠組みにおいても援用可能な形に拡張されるに至った。サミュエルソンは,比較静学の命題が需要関数や供給関数の形状等の市場の安定条件と密接な関係があることに着目し,それを〈対応原理〉と名づけた。
比較静学の命題は与件の変化の前後二つの均衡値のみを比較することによって導出されるが,そこでは新しい均衡点に移る過程の分析,すなわち経済状態が刻々と変化する姿の記述は行われていない。これについては,当面の問題にふさわしい運動のルールを定式化し,その初期条件や運動方程式を構成する諸パラメーターの変化から経済変数の変動の様相を演繹(えんえき)する比較動学comparative dynamicsの方法によって補われなければならない。
→安定条件 →市場均衡
執筆者:川又 邦雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報