市場均衡(読み)しじょうきんこう(英語表記)market equilibrium

改訂新版 世界大百科事典 「市場均衡」の意味・わかりやすい解説

市場均衡 (しじょうきんこう)
market equilibrium

生産者が供給しようとする財(たとえば生産物)の総量が,消費者が需要しようとする総量に合致するように取引量が定まり,外的条件の変化がないかぎりその状態が持続されるというのが,市場均衡の基本となる思想である。その最も簡潔な場合を理論化した部分均衡理論は,一つの財だけをとり出し,その市場に直接関係ない諸条件を所与として,均衡を論ずるものである。これに対して一般均衡理論は,人々の嗜好,生産技術,資源の量,法・経済制度等を外的条件として一定とするが,さまざまな財の市場の相互依存関係を考慮して社会全体の経済量の均衡について説明するものである。以下では,それらの理論の内容と関連について多少詳しい説明を加えよう。

部分均衡理論

縦軸に生産物の価格をとり,各価格に市場における生産物の需要量を対応させると,需要曲線とよばれる一つの曲線が得られる。各消費者の需要量を加え合わせた市場需要曲線は通常,右下がりの曲線として描かれる。つぎに各価格に市場における生産物の供給量を対応させると,供給曲線とよばれる一つの曲線が導かれる。市場供給曲線は右上がりに描かれる。さて市場において勝手な価格を選べば,一般にそのもとでの需要量と供給量は等しくない。そうした場合,価格は需給が一致するまで変動しつづけ,両者が一致する価格において取引が行われるであろう。そのときの価格を均衡価格,需給数量均衡取引量(均衡消費量=均衡生産量)という。外的条件が変化しないかぎりこの状態は維持されると考えられる。

一般均衡理論

部分均衡理論は,一つの市場のみをとり出し,他の市場から独立に取引量と価格の決定について分析する。したがって,たとえば米の価格を決定するさいには麦の価格を所与として分析し,逆に麦の価格を決定するさいには米の価格を所与と仮定して議論を進める。しかし麦の価格を決定するさいに所与とした米の価格が,米の市場で決定される価格と等しくないなら,この手続によって決定された価格はいまだ完全な均衡というにはふさわしくない。この分析が理論的に完結するのは,典型的にはすべての市場が独立していて相互に影響を及ぼし合わない場合であり,部分均衡理論はそのような事態を仮定した簡便ではあるが特殊な理論であると考えられる。一般均衡理論は,資源の量,消費者の嗜好,生産技術等は与えられた条件とみなすが,異なる財の価格や数量の相互依存関係を考慮してそれらの値を整合的に決定しようとするものである。それは大きくみて二つの支柱から構成されている。まず主体的均衡の理論においては,市場価格を与えられたものとして,消費者が効用最大化行動を,生産者が利潤最大化行動をとるとして,各財の需要量と供給量がどのように定まるかについて論ずる。そして,その結果を用いて市場における各財の需要量と供給量を一般的にすべての価格の関数として表現する。つづく市場均衡の理論においては,すべての財の需給がバランスするように,価格ベクトルが決定されることが論じられる。その価格のもとで各人が先のように需要量と供給量とを選べば,主体的な効用,利潤の最大化と,市場における需要量,供給量のバランスが同時に達成されていることになる。以上のようにして資源配分と価格が定まるというのが一般均衡理論の基礎となる考えである。

経済における均衡あるいはバランスの考えは,古くはF.ケネーの〈経済表〉における経済循環過程の把握,古典派の自然価格の概念,K.マルクスの再生産表式などに,その例をみることができる。また古典派に欠けていた主体的行動の分析とそれに基づく主観的価値の理論は,1870年代にW.S.ジェボンズやC.メンガーによって開拓された。しかし同じころ,L.ワルラスは,たんに主体的均衡の分析にとどまることなく,それと市場の均衡の概念とを接合し,相互に依存し合う価格と生産量,消費量の決定を合理的かつ子細に説明することに成功した。この一般均衡理論の創設者の貢献は,彼に先だって複占市場の均衡を分析したA.クールノーのそれとともに,均衡分析の歴史の中で不朽の光を放つ。

 一般均衡理論の簡略型ともいうべき部分均衡理論は,ケンブリッジ学派のA.マーシャルによって多くの問題に有効に援用された。彼は,たんに需要曲線と供給曲線を用いての今日標準的となった分析を有効に活用しただけでなく,安定条件についての独自の分析を行い,時間の長短によって均衡を区別するなど,後の発展のためにも多くの用具を提供した。その門下のJ.M.ケインズによる国民所得を主要な変数とする経済分析にも,マーシャルの概念や均衡分析の手法が多く跡をとどめている。ワルラスの後継者V.パレートは,ワルラスの基数的な効用理論をより一般的な序数的効用理論によっておきかえることに成功し,スウェーデン学派のK.ウィクセルは,ワルラスによって扱われた資本,利子,貨幣の分析を多方面に発展させた。また1940年を前後してJ.R.ヒックス,P.A.サミュエルソンは一般均衡理論の体系に比較静学の方法を導入し,同じころ,W.レオンチエフは産業間の相互依存をデータ分析が可能な形に具体化した産業連関理論(産業連関表)を開拓した。以後の均衡分析の発展では,均衡解の存在についての厳密な証明,安定分析,動態経済の分析,ゲーム理論との対応の研究などに重要な貢献が多い。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の市場均衡の言及

【安定条件】より

…経済学用語。市場均衡とは,それが達成されると,市場での取引量や価格が変動しないような平衡状態をいい,需要量と供給量が一致するという条件によって特色づけられる。しかし均衡にないときに,そこに向かう力が働くか否かは均衡の存在とは別問題であり,市場均衡の安定条件は,市場に働く自動的調整力によって,均衡を離れた状態から均衡に近づくか否かを判定する基準を与えるものである。…

【一般均衡理論】より

…一般均衡理論は二つの支柱から成り立っている。その一つ主体的均衡の理論では,個々の消費者と生産者が与えられた市場価格のもとでどのように行動するかを明らかにし,つづく市場均衡の理論では,いままで所与としていた市場価格の決定について論述する。 いま一人の消費者(家計)を考察の対象としてみよう。…

※「市場均衡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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