氏家直国(読み)ウジイエ ナオクニ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「氏家直国」の解説

氏家 直国
ウジイエ ナオクニ


生年月日
安政1年(1854年)

経歴
明治維新後陸軍に入る。その後自由民権運動に加わり、その指導者大井憲太郎親交。17年自由党解党の直後秩父事件鎮圧に向かったが、逆に蜂起の人々を激励したという。憲太郎らの大阪事件前、奈良県信貴山の千手院を襲って資金調達を図り、捕まって重禁固2年、罰金30円の判決を受けた。23年の憲法発布大赦、放免され、のち中国に渡った。

没年月日
明治37年

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「氏家直国」の解説

氏家直国 うじいえ-なおくに

1854-1904 明治時代の自由民権運動家。
嘉永(かえい)7年9月生まれ。大井憲太郎に師事。明治17年,秩父(ちちぶ)事件直前の秩父で,蜂起(ほうき)の時期尚早,延期をとく。のち大阪事件にかかわり逮捕される。明治37年7月7日死去。51歳。陸奥(むつ)仙台出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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