永祥寺(読み)えいしようじ

日本歴史地名大系 「永祥寺」の解説

永祥寺
えいしようじ

[現在地名]井原市西江原町

西江原にしえばら町北部、道祖どうそ渓谷東方の谷間、字才児さいちごにある。禅洞山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来那須与一宗高(宗隆)が、荏原えはら郷に曹源院とよぶ草庵を開いたのが草創で、宗高の孫宗晴が堂宇を再建、宗高の像を安置したと伝える。嘉慶元年(一三八七)小菅こすげ城主那須資道・資英父子が伽藍造営田畑を寄進して菩提寺とし、能登総持寺から実峰良秀を招じ開山第一世とした。このときに宗高の法号「曹源院殿吉山永祥洞明大居士」にちなみ寺号を改めたという(「小田郡誌」など)


永祥寺
えいしようじ

[現在地名]帯広市西二条南

帯広川北岸、西二条南にしにじようみなみの二丁目にある。十勝山と号し、曹洞宗。本尊は釈迦如来。明治三二年(一八九九)、愛知県出身の僧織田活道により上帯広村に草庵が置かれたのが始まり。同三三年には曹洞宗上帯広村説教所の公許を受け、同三六年現在地に仮堂を建立し、寺号公称を許された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む