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江馬細香 エマサイコウ

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デジタル大辞泉の解説

えま‐さいこう〔‐サイカウ〕【江馬細香】

[1787~1861]江戸後期の女流漢詩人・画家。美濃大垣藩医の娘。頼山陽に漢詩を学ぶ。繊細で濃艶な詩風が特徴。著「湘夢遺稿」。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

江馬細香 えま-さいこう

1787-1861 江戸時代後期の画家,詩人。
天明7年4月4日生まれ。江馬蘭斎の長女。美濃(みの)(岐阜県)の人。画をはじめ僧玉潾(ぎょくりん)に,のち浦上春琴にまなぶ。詩は美濃をおとずれた頼山陽に師事。山陽の求婚を父がことわったといわれ,生涯独身をとおした。梁川星巌(やながわ-せいがん),小原鉄心らとまじわり,詩の結社白鴎社を結成した。文久元年9月4日死去。75歳。名は裊(たお),多保。号は湘夢,箕山。詩集に「湘夢遺稿」。

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大辞林 第三版の解説

えまさいこう【江馬細香】

1787~1861) 江戸後期の漢詩人・画家。美濃大垣藩医江馬蘭斎の娘。頼山陽に師事し、生涯独身で過ごす。作「湘夢遺稿」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

江馬細香
えまさいこう
(1787―1861)

江戸後期の女流漢詩人、画家。名を(じょう)、字(あざな)を細香、号を(しょうむ)、通称を多保という。美濃(みの)(岐阜県)大垣藩の藩医江馬蘭斎(らんさい)の長女。初め画を玉和尚(ぎょくりんおしょう)に、のち浦上春琴(しゅんきん)(1779―1846)に学び、墨竹を得意とした。漢詩は頼山陽(らいさんよう)の懇切な指導を受け、幕末を代表する女流詩人となった。梁川星巌(やながわせいがん)やその妻紅蘭(こうらん)などと詩社白鴎社(はくおうしゃ)を結成して詩画に遊び、生涯を独身で過ごした。女性らしい繊細で濃艶(のうえん)な詩風を特徴とし、山陽の批評を付した詩集『湘夢遺稿』が死後出版(1871)された。文久(ぶんきゅう)元年9月4日没。[揖斐 高]
『富士川英郎著『江戸後期の詩人たち』(1973・筑摩書房)』

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