日本大百科全書(ニッポニカ) 「沢木興道」の意味・わかりやすい解説
沢木興道
さわきこうどう
(1880―1965)
明治~昭和期の仏者、曹洞(そうとう)宗の僧。号は祖門。三重県津市に生まれる。幼少に両親を失い、一家離散して沢木家の養子となるも、すこぶる悲惨の時を送る。18歳で出家。日露戦争に二度従軍、重傷を受けた。法隆寺佐伯定胤(さえきじょういん)(1867―1952)に唯識(ゆいしき)学を、また笛岡凌雲(ふえおかりょううん)(1845―1923)・丘宗潭(おかそうたん)(1860―1921)らに永平道元(えいへいどうげん)の宗風を学ぶ。娶(めと)らず、住せず、行雲(こううん)流水、無所得の生涯を徹底的に貫き、正しい袈裟(けさ)の普及と只管打坐(しかんたざ)に全生命を燃焼した。人よんで「宿なし興道」といい、その道場を「移動叢林(そうりん)」と称し、純粋高潔な道風は多くの人を徳化した。提唱を筆録したものに『澤木興道全集』などがある。
[鈴木格禪 2017年7月19日]
『『澤木興道全集』18巻・別巻1(1962~1968/2013・オンデマンド版・大法輪閣)』