改訂新版 世界大百科事典 「洪吉童伝」の意味・わかりやすい解説
洪吉童伝 (こうきつどうでん)
朝鮮,李朝のハングル小説。作者許筠(きよいん)。洪吉童は名門洪判書の子として生まれながら,庶出のため父を父と呼ぶことさえ許されない。彼は家庭内での賤待と自分を無き者にしようとする陰謀に,家出して盗賊の群れに投じ,〈活貧党〉の首領となる。神出鬼没の幻術を駆使して貪官汚吏や寺刹の財宝を奪い,八道を横行する。しかし累が父に及ぶや,理想郷を海外に求め,島国を建設してみずから国王となる。古来《水滸伝》の模作がうんぬんされてきたが,《水滸後伝》との類似も見のがせない。作者に関して,許筠とすることに異論もあるが,師の李達や友人が庶出の理由で登用されないことに同情し,庶流が企てた反乱の謀議に荷担した事実や,当時の学者として類のないほど中国白話小説に通暁していたことを勘案すると,彼を作者と見るのがもっとも妥当である。封建的な身分差別制度と,支配階級の搾取と圧迫に対する反抗をテーマとするが,父に累が及ぶのをおそれて国王と妥協し,海外に脱出する結末は,この小説の革命小説あるいは社会小説としての限界を示すものであり,同時に作者許筠の意識の限界点でもある。ハングル小説の嚆矢(こうし)として文学史上重要視されている。板本として4種が現伝する。
執筆者:大谷 森繁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報