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浅川巧

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

浅川巧

北巨摩郡甲村(現北杜市高根町)出身。県立農林学校卒業後、秋田県の営林署に勤務。1914年に朝鮮半島に渡り、朝鮮総督府林業試験場に勤務しながら朝鮮固有の陶磁器や雑器の調査研究を続けた。24年、兄伯教や民芸運動で知られる思想家柳宗悦と京城(現韓国ソウル)の景福宮内に朝鮮民族美術館を設置。没後、京城郊外に埋葬され、いまでも韓国人の墓参が絶えない。

(2011-07-29 朝日新聞 朝刊 山梨全県 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅川巧 あさかわ-たくみ

1891-1931 大正-昭和時代前期の朝鮮民芸研究家。
明治24年1月15日生まれ。浅川伯教(のりたか)の弟。大正3年から朝鮮総督府林業試験場に勤務し,かたわら朝鮮の陶磁や民具を研究。13年柳宗悦(むねよし)と協力し,朝鮮民族美術館を京城に設立した。昭和6年4月2日朝鮮で死去。41歳。山梨県出身。山梨農林卒。著作に「朝鮮の膳(ぜん)」「朝鮮陶磁名考」など。
【格言など】私は死後も朝鮮に留まる。だから亡骸(なきがら)も朝鮮式に埋葬してほしい(死の間際のことば)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

あさかわたくみ【浅川巧】

1891‐1931(明治24‐昭和6)
朝鮮民芸の研究家。山梨県生れ。山梨農林学校卒。1914年朝鮮に渡り,朝鮮総督府林業試験場で養苗実験に従事するかたわら,柳宗悦(むねよし)とともに京城(ソウル)に朝鮮民族美術館を設立した。また,朝鮮民芸を研究し《朝鮮の膳》《朝鮮陶磁名考》を書いた。職場や地域の朝鮮人と親しく交わり,朝鮮および朝鮮人の美点に視線を注いだ。《浅川巧著作集》全1巻(1978)がある。【高崎 宗司】

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