日本大百科全書(ニッポニカ) 「浪漫的イロニー」の意味・わかりやすい解説
浪漫的イロニー
ろうまんてきいろにー
die romantische Ironie ドイツ語
イロニー(アイロニー)とは、通常の用語としては、皮肉や反語を意味し、その本質は、当の相手を称賛し肯定するとみせかけて、内心これをおとしめ否定する点にある。哲学上の用語としては、古くはソクラテスの対話術ないし弁証法にみられる独得の戦術的態度が「エイローネイア」とよばれた。これを18世紀末から19世紀初頭におこったドイツ・ロマン派の理論的指導者フリードリヒ・シュレーゲルが、芸術家の創造的意識態度の中核に置いた。これがいわゆる「浪漫的イロニー」である。彼は、現実の経験主体としての個々の「私(自我)」と、これら個別的・経験的自我の自体的本質たる普遍的な絶対的自我との対立から出発するフィヒテ哲学の理論構成を、芸術的自我、つまり芸術家の精神構造にも適用する。こうして、個々の芸術家は、そのつど特殊で制約された現象としての作品を創造し、その限りで自己およびその創造行為を肯定する。しかも他方で、これら芸術行為やその所産たる美ないし作品は、いずれも精神や美の理念に本来の普遍絶対性に照らして、単にそのつど特殊で経験的な現象であり、自体的には無価値な仮象にすぎないものとして否定される。この無限と有限、普遍と特殊の間の「解消しがたい矛盾の感情」「逆説の形式」がイロニーとよばれる。しかしこれによって芸術家は、自己の創造した美しい作品に対してすら、これにとらわれることなく、つねに無限なる普遍的理念へと超出しようとする自由を獲得する。こうしてそれは「いっさいを見下し、条件づけられたもののいっさいを、自己の芸術、徳、さらには天才さえをも超えて無限に高まろうとする気分」である。
同時代の美学者ゾルガーKarl Wilhelm Ferdinand Solger(1780―1819)も、イロニーをその美学の中心概念としたが、しかし外見上の類似にもかかわらず、それはかならずしもシュレーゲル的なイロニーと同一ではない。またヘーゲルは、このような浪漫的イロニーを「全面的否定の術」として非難している。これを受けてキルケゴールも、ソクラテス的な本来のイロニーに対置して浪漫的イロニーを非難している。
[西村清和]