日本大百科全書(ニッポニカ) 「深海動物」の意味・わかりやすい解説
深海動物
しんかいどうぶつ
深度がおよそ200メートルを超す海洋空間にすむ動物のこと。浅海と深海とは、通常、深さ100~200メートルにある大陸棚の端で区分される。つまり、深海動物とは、大陸棚外縁より深い海域にすむ動物ともいえる。ただし、大陸棚上のやや深い所から採捕されるものを含む場合もある。また、浅海と深海の間を垂直移動するものや、幼生の間だけ表層近くで過ごし、成長するにしたがって深海へすみ場所をかえるものも深海動物のなかに含められる。つまり、一生涯だけでなく、少なくとも生活期の一部を深海で過ごすものも深海動物とよんでいる。
[和田恵次]
深海動物の特性
深海を特徴づける環境の一つに巨大な水圧がある。この高圧に対する適応の例として、深海の魚類では、うきぶくろが退化したり、貯油器官に変化している。これに対して多くの無脊椎(むせきつい)動物は、うきぶくろのようなガスを含む器官をもたないので、高圧による害はあまり問題にならないとされている。実際、プランクトンのなかには、一晩の間に400メートルも垂直移動するものもあるし、深海観測船に付着したフジツボが3000メートルの潜水後も生き続けて繁殖した例もある。しかし、水圧も300気圧を超えるとその影響が現れ始めるといわれている。
水面から入った光は深さとともに減っていき、深さ約550メートルで人間の目が光を感じる限界となり、また深さ1200メートルで写真感板の感光する限界がくる。このうち、光合成に必要な光量の限界は深さ約150メートルまでであり、光合成を行う海藻類や植物プランクトンは生存しない。したがって、深海生物とは、実質的な深海動物のことである。目が発達、退化したもの、それに発光器をもつものや、水の振動を感じる側線器官が異常に発達したものなどが知られているが、これらの特徴は、光が少ないか、またはまったくないという深海の環境特性と関係が深いとされている。
深海では、光合成を行う植物がないため、浅海域からの動植物の死骸(しがい)やその分解途中のものが生物生産の基礎になっており、これを食べる動物と、その動物をとらえて食べる肉食性の動物とによって食物連鎖が成り立っている。プランクトンの場合、深度約1000メートル以深で急激に減少し、底生生物においても一般に深度が増すにつれてその生物量は小さくなる。そのため、肉食性の動物にとって深海は餌(え)生物の少ない所となっている。深海魚のなかには、口が異常に大きいものや、胃袋を自分の体の倍以上に広げることのできるものや、さらに、とらえた餌(えさ)を確実に処理できると想像される鋭い歯をもつものなどがみられるが、これらは餌生物が少ないことと関係しているのではないかといわれている。
[和田恵次]
漸深海帯
浅海域海底の緩やかに傾斜した大陸棚は、およそ200メートルの深さから急に落ち込み、約3000メートルの深さで、より平坦(へいたん)な深海底に移行するが、この深さ200~3000メートルまでの海域を漸深海帯とよんでいる。この海域でみられる動物は、その種類も比較的豊富で、系統的には原始的な動物群を多く含んでいる。魚類では、漸深海帯のやや上部に、ハダカイワシ類、ヨコエソ類、ムネエソ類など、銀白色ないし暗灰色のものが数多くみられる。一方、漸深海帯の下部になると、オオクチエソ類、フクロウナギ類、フウセンウナギ類、それにチョウチンアンコウ類など、体は主として黒色ないし暗紫色で、珍奇な形態のものが目だつようになる。また、漸深海帯でみられるこれらの魚類の多くが発光器をもっていることも大きな特徴の一つである。魚類以外では、胃腔(いこう)中に雌雄1対の小エビが共生していることで有名なカイロウドウケツなどの六放海綿類や、1864年に発見されるまでは化石でしか知られていなかった有柄(ゆうへい)ウミユリ類、それに浅海域ではみられないような大形ウミグモ類などが知られている。このほか、日本近海では、巨大なタカアシガニ、原始的な巻き貝のオキナエビス、それに水産資源として重要視されているサクラエビや大形巻き貝のカガバイ(エッチュウバイ)が有名である。なお、漸深海帯では、魚類以外でも、イカやエビの類に発光器をもつものが知られている。また、甲殻類に赤い色素をもったものが多いのもこの海域の特徴の一つである。
[和田恵次]
深海帯
漸深海帯に続く深さ3000メートルからおよそ6000メートルまでの海域を深海帯とよんでいる。この海域の海底は平坦な大洋底で、深海のなかでももっとも広大な面積をなしている。水温は4℃を超えることがなく、海底は有機物含量が非常に少ない赤色の泥で覆われている。漸深海帯とは異なり、動物相は貧弱で、プランクトンで一部深紅色の種類を含むほかは、灰白色で目が退化したものが多い。また、その多くは、世界的に広く分布しており、系統的には原始的な種類は少なく、その起源は漸深海帯の動物に由来するものと考えられている。魚類では、発光バクテリアを共生させた発光器をもつソコダラ類や、逆に発光器をもたないイタチウオ類などが知られている。底生動物でもっとも目だつのはナマコ類で、とくに板足類や無足類のキクモンナマコ類などが優占している。そのほか、クモヒトデ類やヒトデ類、それに多毛類も多い。ちなみに、深海帯の底生動物の生物重量は、これまでの記録によると、1平方メートル当り約1~5グラム、あるいは50~100ミリグラムという低い値となっている。
[和田恵次]
超深海帯
超深海帯は深さ6000メートルから、もっとも深い海溝の底までの海域からなる。現在、7000メートルを超える深さの海溝は、日本海溝など22か所が知られているが、これら海溝の水温は1.2℃から3.6℃で、深海帯の水温よりいくらか低い。動物相は、深海帯よりさらに貧弱になるが、陸地に比較的近い海溝では、これより沖合いの深海帯よりも生物量や種類数が多いことがよくある。これは、陸岸近くでは上層のプランクトンの生物量が多いのと、陸地から流れ込んだとみられる陸上植物の破片が多いことによるものと考えられている。魚類では、脊椎動物のなかでもっとも深くまで生息することで知られるコンニャクウオ類がみられる。底生動物では、カニ類やヒトデ類などの大形捕食者はいなくなり、泥食性のナマコ類が深くなるほど優占する。そのほか、イソギンチャク類、多毛類、甲殻類、小形二枚貝類、それに有鬚(ゆうしゅ)動物などもこの海域から知られている。これら底生動物の生物重量の記録としては、9000~1万メートルの深度で1平方メートル当り、わずかに20~30ミリグラムと、深海帯よりも小さい数値が得られている。
[和田恵次]