生物群集内のすべての生物は互いに食う・食われるの関係でつながっており、この一連の関係を食物連鎖という。北極圏のツンドラでは、シロクマ→キョクチギツネ→ライチョウ→トナカイゴケというつながりが成立し、これが一つの例である。初めて食物連鎖図を描いたのは、アメリカの生態学者シェルフォードで1913年のことであるが、1927年にイギリスの生態学者エルトンがこの分析を動物群集研究の基礎に置いてから、広く調べられるようになった。
ある生物群集の食物連鎖を調べてみると、いくつもの食べる種といくつもの食べられる種とがそれぞれの段階に存在し、相互に関係しあい、しばしば食物網とよばれるように、複雑に入り組んだ関係図ができあがり、連鎖を調べ尽くすことは不可能でさえある。それにもかかわらず、連鎖にはいくつかの一般的特徴がみいだされる。第一には、ひと連なりの連鎖には普通四つか五つの段階があり、七つ以上の段階があるのはきわめてまれなことである。第二に、連鎖には、前例のように「生きた植物」から始まって動物へと連なる生食連鎖grazing food chainと、枯死植物→トビムシ類→クモ類→……のように生物遺体から始まる腐食連鎖detritus food chainの二つの基本型があるが、後者の場合も元をたどれば緑色植物に行き着くのである。緑色植物は太陽エネルギーを有機化合物の中に取り込むわけであるから「動物も太陽エネルギーを食べて生きている」ことがいえる。第三に、群集が違えば違った組合せの生物がいるが、種が違っても互いに似た関係が存在しているのである。ツンドラにすむキョクチギツネはウミガラスの卵を好んで食べ、冬にはシロクマの食べ残しで飢えをしのぎ、一方、熱帯アフリカのサバナでは、マダラハイエナがダチョウの卵を食い荒らし、ライオンが殺したシマウマの残り物を食べているのが、その一つの例である。
群集のなかで、ある種の生物が何をしているかということ、すなわち、その生物の生物的環境における位置、その食物ならびに敵に対する諸関係を「生態的地位」ecological nicheという。すべての生物は群集内で、ある生態的地位を獲得しなければ生存と繁栄を図ることができないわけで、群集内の調節の多くはこの地位を巡る種間の関係に基づいているのである。連鎖を理解するうえでの要点として、さらに、同じ種でも、違った区域に生息したり、発育期が違ったり、季節が違ったりすると、食物は異なって、必然的に違った生態的地位を占めることがある。晩秋に川の下流域で孵化(ふか)したアユはそのまま海に流れ下り、翌春までの稚魚期を海で過ごすが、この時期にはケンミジンコを摂食し、魚食魚に食べられる地位にある。それが川へ遡上(そじょう)し、そこを生息場所とする未成魚期や成魚期には、付着藻類を食べ、魚食魚や魚食性鳥類に捕食される地位に変わるのである。
食物連鎖を量的な側面から分析する研究も当然行われている。複雑に入り組んだ連鎖を栄養段階で整理し、エネルギーの流れと物質循環に還元して、これらの動態を探るのもその一つの方法である。
なお、食物連鎖に類似した用語は、食物環、食物網、食物錯雑などいくつかあるが、食物環は群集内の食物連鎖の全体を表し、後二者もほぼ同じ意味に使われる。
[牧 岩男]
生物群集において,A種がB種に食われ,B種はC種に,C種はD種に食われるという,食う食われるの関係があるとき,A,B,C,Dは食物連鎖をなすといい,A→B→C→Dと表す。この語は,1927年にイギリスの動物生態学者C.S.エルトンが提唱した。彼は動物群集を解析するにあたって食物関係を重視したのであるが,これは生物群集の重要な基本構造であると現在でも考えられている。食物連鎖をたどって行くと,最終的には緑色植物に行きつく。すなわち,太陽エネルギーと無機物からみずからの体を合成して生活する緑色植物(生態系における生産者と呼ばれる)が食物連鎖の出発点である。植物を食う植食動物(一次消費者),植食動物を食う肉食動物(二次消費者),肉食動物を食う大型肉食動物(三次消費者)が区別される。これらの各段階を栄養段階という。一般には,植食動物→肉食動物→大型肉食動物と食物連鎖をたどって高次の栄養段階になるに従い身体は大型化し,食物をとるためのエネルギー損失も大きくなる。したがって,食物連鎖に含まれる鎖環の数(一連の食物連鎖に含まれる種の数)は4~5であり,6より多くなることはほとんどないとされている。食物連鎖で最も普通に見られるのは生きた生物を食う〈捕食連鎖〉であるが,この場合は,栄養段階の上位の生物は大型であり,個体密度が小さい傾向がある。これに対し,寄生性動物による〈寄生連鎖〉では,宿主より寄生動物の方が身体は小さく個体密度も高い。陸上の森林の樹木などでは,植食動物が生きた植物の部分(葉,材など)を食う〈生食連鎖〉が認められ,また樹木の落葉・落枝や生物の遺骸を食べる動物や微生物から始まる〈腐生連鎖〉もある。
しかし動物のうちで,植食性昆虫などに認められるようなただ1種の餌しか食わない(単食性)場合はまれであり,通常は複数種の生物を食い,また複数種の動物から攻撃される(多食性または雑食性)。したがって自然界において食物連鎖が単純な1本の鎖であることはほとんどなく,いくつかの食物連鎖がからみ合った食物連鎖網(または食物網food web)を形成する。図2に魚類を中心とした河川における食物連鎖の一例を示したが,環境要因によってもその食物関係が変化することが示されている。複雑にからみ合った食物連鎖(網)は生物群集の構成種やその個体数密度の安定性に重要な意味をもっていると考えられている。人間によるさまざまな食物連鎖への干渉が,時には特定の動物種を異常に増殖させたり,絶滅させたりしている。アメリカのアリゾナ州カイバブ平原におけるクロオジカが,捕食者であるピューマやコヨーテの全滅作戦により一時的に個体数が急増した結果,住み場所の荒廃により急減した例はよく知られている。
近年,食物連鎖が放射性物質や農薬,重金属などの有害物質の生物濃縮に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
執筆者:林 秀剛
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…しかしこうした関係は,個体は異なってもなん度も繰り返し起こるので,これを種と種との関係あるいは個体群と個体群との間の関係として,認識することができる。こうした具体的な生物と生物との間の食う食われるの関係を連ねてみると,そこに食物連鎖food chainができあがる。 食物連鎖図のかかれた最初は,1913年のV.E.シェルフォードによるアメリカ合衆国イリノイ温帯草原についてのものといわれ,一方,日本での食物連鎖図の最初は,可児藤吉(1908‐44)が1938年にかいた水生昆虫を中心とする渓流生物についてのものだろう。…
…もちろん,この二つ以上の範疇に入るものや,中間的なものも多い。 海洋の生物は,例えば海水中では,サメ,クジラなどの大型の動物が,小型の魚類(イワシ,サンマ,イカなど)を食べ,小型魚類などは,橈脚類copepodaなどの動物プランクトンを食べ,動物プランクトンは植物プランクトンや,生物の死骸が分解する途中にできる生物残査(デトリタスdetritus)を食べるというように,高次消費者―二次消費者―一次消費者―生産者という食物連鎖関係で結び合った生物群集を構成している。海の基礎生産は,植物プランクトンと,海藻および顕花植物の海草の光合成によっている。…
…地表に到達する光エネルギーのうち,化学エネルギーとして蓄積される部分は,よく発達した植物群落でも1%弱にすぎないと推定されている。われわれ人間を含めて光合成能をもたない非光合成生物は,植物体に蓄積された化学エネルギーを食物連鎖の過程を通じて順次,変換・消費して生活する。これらは消費者(1次,2次,……,n次)および分解者と位置づけられる。…
…ただしこのことばは1904年の講義ノートにすでにある)。 エルトンは動物群集の研究から食物連鎖の概念を導き,主としてそれに基づいて,群集内の個々の種が〈生物的環境の中の位置〉すなわち〈その動物の食物と敵に対する関係〉をそれぞれに有していることに注目し,これを生態的地位と呼び,比喩的に人間社会の職業にたとえた。彼はアフリカのサバンナのハイエナと北極圏のホッキョクギツネとは同一の生態的地位を占めているとしているが,このことは,彼の関心が種ではなく群集にあったのであり,彼の生態的地位の概念が群集内での生活様式の類型(生活型)を指していたことを意味する。…
…しかしこうした関係は,個体は異なってもなん度も繰り返し起こるので,これを種と種との関係あるいは個体群と個体群との間の関係として,認識することができる。こうした具体的な生物と生物との間の食う食われるの関係を連ねてみると,そこに食物連鎖food chainができあがる。 食物連鎖図のかかれた最初は,1913年のV.E.シェルフォードによるアメリカ合衆国イリノイ温帯草原についてのものといわれ,一方,日本での食物連鎖図の最初は,可児藤吉(1908‐44)が1938年にかいた水生昆虫を中心とする渓流生物についてのものだろう。…
…生態系において,生物体を構成するさまざまな物質が環境から生物にとり込まれ,食物連鎖や腐食連鎖を通じて生物間を移動し,再び環境にもどされることをいう。エネルギーの流れとともに,生態系の最も重要な機能の一つであるが,化学物質は環境と生物の間をなん回でも循環することが可能であり,この点で一方的な流れであるエネルギーの流れとは対照的である。…
※「食物連鎖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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