プランクトン(読み)ぷらんくとん(英語表記)plankton

翻訳|plankton

日本大百科全書(ニッポニカ) 「プランクトン」の意味・わかりやすい解説

プランクトン
ぷらんくとん
plankton

水中生物のうちで、運動能力がまったくないか非常に弱く、水に漂っている生物群。浮遊生物ともいう。名前はギリシア語の「放浪させられる者」という意味のことばからきている。水中の生物をその生活の仕方によって分けた区分の一つで、ほかに自由に泳ぎ回ることのできるネクトン遊泳生物)、水底や岩などに付着・潜入したりはい回っているベントス(底生生物)があり、さらに厳密には他の生物に寄生する寄生生物がある。プランクトン以外の生物群もその大部分は繁殖の一時期をプランクトンとして過ごすが、これを幼生プランクトンという。これに対し生涯プランクトンとして過ごすものを終生プランクトンという。

[松崎正夫]

分類

分類学的には植物プランクトン動物プランクトンに大別される。前者は体内にクロロフィルなどの色素をもち光合成によって独立栄養を営み、後者は他の生物やその破片を捕食し従属栄養を営む。系統的には魚卵や稚魚から原生動物までほとんどすべての動植物群が含まれるが、なかでも植物では珪藻(けいそう)類、藍藻(らんそう)類、緑藻類、鞭毛(べんもう)藻(虫)類、動物では橈脚(とうきゃく)類(甲殻類)、毛顎(もうがく)類(ヤムシ類)、サルパ類などが終生プランクトンとして繁栄している。

 プランクトンの大きさは数マイクロメートルから数ミリメートルのものがほとんどであるが、なかにはクラゲ類のように1メートルを超えるものもあり、大きさによって巨大・大形・小形・微小・極微小プランクトンなどとよぶ。最近は電子顕微鏡の普及によって微小なプランクトンの分類が進み、決定された種類数はなお増え続けている。

[松崎正夫]

浮遊適応

プランクトンの形態的特徴は、水中での位置を保つための適応が著しいことである。すなわち、一般にきわめて小形で相対的な表面積が大きいほか、繊毛、鞭毛、刺毛、突起などが発達し水の抵抗を大きくしている。また体内に油球やガスをもつものもある。幼生プランクトンでは親とまったく異なる形態を示し、浮遊生活に適応している。しかし、プランクトンが死んでしまうと、その遺骸(いがい)は分解したり、また小さな塊となって静かに海底に沈潜していくが、この現象をマリンスノーmarine snowという。降雪に似ているところから名づけられたもので、海雪(かいせつ)と訳される。

[松崎正夫]

分布

プランクトンはあらゆる水域にすむ。生息場所によって海洋プランクトン、汽水プランクトン、淡水プランクトン、また海洋のなかでも沿岸・沖合い・外洋プランクトン、淡水では湖沼・河川プランクトンなどの語が用いられる。さらに表層・中層・深層・暖水性・冷水性プランクトンなどにも区分される。

 プランクトンは性質上流れに身を任せているので、その種類がいつどこで増殖するかをあらかじめ知ることにより、水塊の移動や混合、流れの変化などを知る手掛りとなる。このため海洋観測にはプランクトンの採集を加えることが多い。また沿岸や淡水ではプランクトンの種類と量の変化によって水の汚染の状態や赤潮の発生を監視する。このような調査によく使用される種を指標種という。

 植物プランクトンは日光が有効に到達する表層(有光層)に分布し、外洋でも200メートル以深にはほとんどみられないが、動物プランクトンは深海までのあらゆる深さに分布し、また著しい特徴として、昼間は中層に夜間は表層にと日周期の垂直移動をするものが数多く知られている。甲殻類の橈脚類、オキアミ類などには数百メートルに及ぶ垂直移動を集団で行うものがあり、音響測深機や魚群探知機に記録されたものを擬底層とよぶ。

 プランクトンの分布を決定するものは、水温・塩分・水の流れ・明るさ・水深などの物理的条件のほか、栄養塩類、餌(えさ)の量、捕食者の量などがあり、種類によってそれぞれ異なる。陸水や沿岸、表層など環境変化の多い所に生息するものは広い耐性をもち、沖合い、深層のものは耐性の範囲が狭い。量的には陸水の流入する沿岸域や水塊の境界、冷水域など水の湧昇(ゆうしょう)のおこりやすい所に多く、外洋、熱帯では少ない。これらのおもな原因は植物プランクトンに必要なリン・窒素・ケイ素などの栄養塩の量で、漁場形成の重要な要因となっている。プランクトンも他の生物群と同様に寒帯では種類数が少なくて個体数が多く、熱帯では種類数が多くて量が少ない。

[松崎正夫]

季節変化

温帯では春と秋の2回、寒帯では初夏に1回植物プランクトンの大きな増殖期がみられる。冬季は日光の不足、低温、激しい対流混合などのため植物プランクトンの増殖は抑えられているが、この混合のため無光層から有光層への栄養塩の補給が行われ、春季に日射の増加、対流の停止とともに大増殖がおこる。夏季は表層に密度成層が発達するとともに有機物は無光層へ沈降し、有光層では栄養塩が不足して植物は減少するが、秋季に対流混合の再開とともに温帯で中規模の増殖がおこる。動物プランクトンは植物の増殖期にやや遅れて増加する。幼生プランクトンをはじめ春から夏にかけて増加する種が多いが、秋季に増殖の中心があるものもある。一般に増殖期には小形の個体が多くみられ、また季節によって顕著に形態の異なる種も知られている。熱帯では動植物とも季節変化は明瞭(めいりょう)でない。

[松崎正夫]

生活との関連

日本ではアミ類、サクラエビ、イワシ類の稚魚(シラス)、ビゼンクラゲなどが塩漬け、佃煮(つくだに)、中華料理などに用いられる。これらは直接食用とされるものであるが、さらに重要なのはすべての水産物の基礎生産者としての役目である。すなわち、植物プランクトンによってつくりだされた有機物は動物プランクトンに受け継がれ、さらに大形の生物に利用されて水中の食物連鎖を形成する。

 プランクトンの豊凶は有用魚種の稚仔(ちし)の生存率に大きく影響し、またイワシ類、マアジ、ニシンなどプランクトン食性魚の漁況には直結する。近年の養殖業の発展にはその種苗となる稚仔の養成が不可欠で、そのために用いる餌料(じりょう)プランクトンの大量培養技術の発達によるところが大きい。

 一方、海洋でプランクトンがときに大繁殖をして水色が変わってしまう状態を「赤潮」という。この現象は、その海域の水中溶存酸素をプランクトンが大量に消費するため、魚貝類を死滅させることになり、水産業に大きな被害を及ぼす。赤潮は、内湾や湖沼の栄養塩の多い場所で、珪藻・藍藻類や鞭毛藻(虫)類などのプランクトンにより、主として夏季の水の動きの少ないときに発生する。湖沼・養魚池などの淡水域での同様な現象を「水の華」water bloomという。この水変り現象は、青色、紅褐色や黄褐色を帯びるが、この場合のプランクトンは前者がミドリムシ、クロレラなど、後者はツノモ、珪藻などである。

[松崎正夫]

採集と研究

採集にはプランクトンネットを用いる方法と採水法がある。プランクトンネットはナイロン製の網地を円錐(えんすい)形とし先端に採集物を集める管をつけたもので、目的によって長さや網目に多くの種類があり、垂直曳(ひ)き・水平曳き・所定の深さで開閉する方法などがある。微小なプランクトンはバケツ、採水器などにより一定量の水をくみ、放置沈殿、遠心分離して濃縮し採集する。採集物は普通10%程度のホルマリンで固定保存後、光学顕微鏡、走査型や透過型電子顕微鏡などによって種類の同定・計数・形態の研究を行う。

 植物プランクトン量を測定する一法として、植物色素量、とくにクロロフィルaを蛍光分析により定量することができる。一般にアセトン抽出して行うが、水中に測定器を入れて連続的に測定する方法や、航空機や人工衛星から広範囲に測定する方法も試みられている。プランクトンを飼育することによって、摂餌、成長、繁殖、代謝などの生理の研究が進み、多くの培養法や装置がくふうされている。植物プランクトンによる光合成量を測定するためには、定量瓶に培養し酸素量の変化を測定する方法や、炭素同位体の摂取量を測定する方法がある。これらプランクトンの定量的研究は水中における生態系の解明の基礎となり、とくに水産資源の科学的管理のために欠かせない。

[松崎正夫]

『小久保清治著『海洋・湖沼プランクトン実験法』(1965・恒星社厚生閣)』『山路勇著『日本海洋プランクトン図鑑』(1966・保育社)』『宝月欣二著『生態学研究講座3 水界生態学』(1974・共立出版)』『丸茂隆三編『海洋学講座10 海洋プランクトン』(1974・東京大学出版会)』『大森信・池田勉著『生態研究法講座5 動物プランクトン生態研究法』(1976・共立出版)』『水野寿彦著『日本淡水プランクトン図鑑』(1977・保育社)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プランクトン」の意味・わかりやすい解説

プランクトン
plankton

浮遊生物ともいう。水中に浮遊して生活する微小な生物の総称。ベントス (底生生物) やネクトンとともに水生生物の生態群を区別する語。個々の生物はむしろ受動的に水中に浮遊し,自力で積極的に遊泳することは少い。したがって遊泳のための器官は,単細胞のものなら鞭毛,多細胞のものでも簡単な脚などをもつにとどまるか,またはこれを欠いている。ケイ藻類,デスミッドなどのような緑藻類および青粉などのような藍藻類は植物性プランクトンと呼ばれ,原生動物をはじめとして,ミジンコなどのような甲殻類,クラゲ類,各種動物の幼生などは動物性プランクトンと呼ばれる。プランクトンは,大型水中生物の基礎餌料となり,重要なものである。 1970年代になって,工場排水や生活排水による湖沼,沿海の富栄養化によって特定のプランクトンが異常増殖し,これが2次的な水質汚濁の原因となっている。海の赤潮は植物性のものも動物性のものもあるが,魚介類を大量に殺す場合があり,またこの大量の死骸が沈殿すると,へどろとなって海底に積って分解し,やがて無酸素化して嫌気性の分解を行い,海底を無生物状態にすることがある。湖沼ではミクロキスチスなどの青粉が水面を埋めつくし,この死骸が水底で硫化水素などを発生させて魚介類を死滅させる。

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