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渡辺敏 わたなべ はやし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

渡辺敏 わたなべ-はやし

1847-1930 明治-昭和時代前期の教育者。
弘化(こうか)4年1月28日生まれ。もと陸奥(むつ)二本松藩(福島県)藩士。浅岡一の兄。母方の姓をつぐ。福島師範教諭,長野小学校校長などをへて,明治29年長野高女(現長野西高)初代校長となる。女子の体育や登山を奨励した。昭和5年2月21日死去。84歳。東京師範卒。著作に「一罎百験」。
【格言など】一の試験管能(よ)く十余の疑問に答う(「一罎百験」)

渡辺敏 わたなべ-つとむ

わたなべ-はやし

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

渡辺敏

没年:昭和5.2.21(1930)
生年:弘化4.1.28(1847.3.14)
明治大正期の教育者。陸奥国(福島県)の浅岡段介・竿の子として生まれ,戊辰の役に従軍後,母方の渡辺姓を継ぐ。明治8(1875)年東京師範学校卒業後,長野県の仁科学校,福島師範,長野小学校などを経て29年長野高等女学校(長野西高校)の初代校長となる。女子の体育普及に力を入れ服装改善を図ったことで知られる。また科学教育,音楽教育のほか広く社会人教育の普及も唱えた。近代登山に深い関心を持ち,まだ信仰登山が多かった時代に登山をスポーツとしてとらえ,35年から大正5(1916)年の長野高女退職時まで率先して戸隠登山を指導し,多くの女生徒にその喜びを体験させた。<参考文献>長野市教育会『渡辺敏全集』

(梅野淑子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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