湯崎温泉
ゆざきおんせん
鉛山湾に面した海辺にある炭酸泉で、「日本書紀」斉明天皇三年九月条に「有間皇子(中略)牟婁温湯に往きて、病を療むる偽して来」、同四年一〇月一五日条に「紀温湯に幸す」とある「牟婁温湯」「紀温湯」は現在の湯崎温泉とされる。謀反の疑いにより捕らえられた有間皇子は、紀温湯に護送され、斉明天皇とともに滞在していた中大兄皇子の取調を受けている。また同書天武天皇一四年四月四日条に、紀伊国司が「牟婁湯泉、没れて出でず」と報じた記事がみえる。「続日本紀」大宝元年(七〇一)一〇月八日条に「車駕至武漏温泉」とあり、このときの持統・文武行幸の際の歌が「万葉集」巻九に「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇大行天皇幸紀伊国時歌十三首」として載る。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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湯崎温泉
ゆざきおんせん
和歌山県南西部、西牟婁(にしむろ)郡白浜町にある温泉。『日本書紀』に牟婁温湯(むろのゆ)、紀温湯(きのゆ)と記された古代からの自然湧泉(ゆうせん)で、江戸時代も湯崎七湯は湯治場として親しまれ、旧村名から鉛山温泉(かなやまおんせん)とも称した。泉質は塩化物泉。現在は白浜温泉の一部で、付近には三段壁、千畳敷の景勝がある。南紀白浜空港もこの地域にある。
[小池洋一]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
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