改訂新版 世界大百科事典 「特ダネ」の意味・わかりやすい解説
特ダネ (とくだね)
scoop
exclusive beat
他紙に先がけて報道した重大なニュース,ニュース素材(〈タネ〉〈ネタ〉と俗称される)またはその報道活動。〈スクープ〉ともいう。他紙(他社)に特ダネをとられることを〈抜かれる〉〈特オチ〉などという。ただし,なにが重大か,については時代ごとの社会・業界通念により,明確な基準はない。新聞が少数の読者を相手に,意見・主張を主要な商品にしていた時代,各紙が際だった特徴をもち,全体としてはっきり違ってみえた時代には,特ダネを争って求める慣行はなかった。特ダネ競争は,新聞が,できるだけ多くのニュースを,できるだけ速く載せることを競い合い,そのことによって紙面が画一化してくる〈報道新聞〉の時代に始まる。アメリカ,イギリスではほぼ19世紀30年代以降,日本では日清戦争以後(多く号外で出される)の時期から,特ダネを求めて各社が競争することになり,その獲得が新聞記者最大の努力目標とされるようになった。現実には日本の平均的読者に2紙並読の習慣はなく,また販売競争が紙面の相互評価によって行われないので,社内,同業者の間を除き読者にとって特ダネが現実にどれだけの効力をもつかは疑わしい。特ダネ競争は拙速を旨とし,しばしば誤報の原因となってきたものの,新聞社の,あるいは新聞の,あるいは記者個人の声価をあげる速効薬として大いに奨励された。具体的には日本では1921年ワシントン軍縮会議の報道で《時事新報》の行った〈日英同盟廃棄,四ヶ国協約の成立〉スクープ,1926年4人を殺して山中に逃げこんだ殺人犯(鬼熊こと岩淵熊次郎)と単独会見した《東京日日新聞》の報道などが,第2次大戦前の大特ダネとしてあげられる。スクープの種が政治・外交のニュースからしだいに多分に娯楽的な市井のおもしろい話へ移ってきている。とくに〈鬼熊〉の特ダネは,戦後の週刊誌が〈本誌独占〉などと銘うつ風潮の先がけといえる。
ラジオ,テレビなど電波媒体の展開により,特ダネの基本であった〈速報〉の意味はまったく変わってきた。とくにロッキード事件などにみられるように新聞独自の構造汚職,公害などの取材・報道を競う意味は,画一的紙面像を破る点でも,国民の重大な関心事である点からも,かえって大きくなっている。だが逆に権力機関が情報を巧妙に1社にリークして特ダネと思わせ,報道を操作する技術も発達している。したがって特ダネの取材・報道は新しい困難と危険に直面している。
執筆者:香内 三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報