内科学 第10版 「球脊髄性筋萎縮症」の解説
球脊髄性筋萎縮症(運動ニューロン疾患)
概念
成人期に発症する緩徐進行性の遺伝性下位運動ニューロン疾患である.主症状は四肢の筋力低下・筋萎縮と球麻痺であるが,感覚障害や性腺機能障害などの随伴症状を伴うことが多い.発症には男性ホルモンであるテストステロンが深く関与しており,男性のみに発症する.国際名称はspinal and bulbar muscular atrophy(SBMA)であるが,報告者にちなんでKennedy-Alter-Sung症候群,Kennedy病ともよばれる.
病因
X染色体上にあるアンドロゲン受容体(AR)遺伝子のCAG繰り返し配列の異常延長が原因である.正常では繰り返し数が36以下だが,患者では38~62程度に延長している.CAG繰り返し数が多いほど早く発症する傾向がある.CAG繰り返し配列が延長することで,構造異常を有する変異蛋白質(変異AR)が生じて下位運動ニューロンなどの核内に集積し(図15-6-37),最終的には神経細胞死に至る.同様の遺伝子変異はHuntington病や脊髄小脳変性症などの疾患でも認められ,CAGはグルタミンに翻訳されることから,これらの疾患はポリグルタミン病と総称される.SBMAモデルマウスを用いた研究により,変異ARの核内集積が男性ホルモンであるテストステロンに依存していることが明らかとなった.女性はAR遺伝子変異を有していても発症しない.
疫学
有病率は10万人あたり1~2人程度である.人種や地域による有病率の差はないとされている.
病理
下位運動ニューロンである脊髄前角細胞や顔面神経核,舌下神経核の変性,脱落が認められる.残存する神経細胞では,病因蛋白質である変異ARの核内集積がみられる(図15-6-37).後根神経節の感覚神経細胞では細胞体の萎縮小型化がみられ,細胞質に変異ARの凝集体を認める.腓腹神経でも大型有髄神経を中心に線維脱落がみられる.筋では小角化線維や群性萎縮などの神経原性所見に加え,中心角の存在など筋原性変化もみられる.
臨床症状
初発症状として手指の振戦を自覚することが多く,しばしば筋力低下に先行する.四肢の筋力低下は30~50歳代から自覚され,下肢から始まることが多い.同時期から下肢の有痛性筋痙攣が頻発する.脳神経では咬筋の萎縮,顔面筋力低下,球麻痺症状を認める.線維束性収縮は安静時には軽度であるが,筋収縮時に著明となり(contraction fasciculation),口周囲や舌,四肢近位部に認められることが多い.眼球運動障害はない.感覚系では下肢遠位部で振動覚の低下を認めることがある.深部腱反射は低下,消失し,Babinski徴候は陰性である.随伴症状としては女性化乳房を半数以上に認める(図15-5-38).また,肝機能障害,耐糖能異常,脂質異常症,高血圧症などがしばしばみられる.女性様皮膚変化,睾丸萎縮などを認めることもある.ほかのポリグルタミン病とは異なり,世代を経るにしたがって発症が早くなる表現促進現象は軽度である.
検査成績
血清CK値はほぼ全例で上昇している.髄液検査は正常である.筋電図では高振幅・多相性運動活動電位などの神経原性変化を認める.感覚神経伝導検査において,活動電位の低下や誘発不能がみられることが多い.
診断
・鑑別診断
AR遺伝子のCAG繰り返し配列数で確定診断できる.筋萎縮性側索硬化症(ALS),Kurgelberg-Welander病,多発性筋炎などが鑑別診断としてあげられる.
経過・予後
筋力低下は20年ほどの経過で緩徐に進行する.進行とともに球麻痺による誤嚥性肺炎を繰り返し,死因となることが多い.
治療
現在のところ根本的治療はなく,耐糖能異常や脂質異常症など合併症に対する治療や,リハビリテーションが治療の中心である.[祖父江 元]
■文献
Katsuno M, Adachi H, et al: Leuprorelin rescues polyglutamine-dependent phenotypes in a transgenic mouse model of spinal and bulbar muscular atrophy. Nat Med, 9: 768-773, 2003.
Kennedy WR, Alter M, et al: Progressive proximal spinal and bulbar muscular atrophy of late onset. A sex-linked recessive trait. Neurology, 18: 671-680, 1968.
Sobue G, Hashizume Y, et al: X-linked recessive bulbospinal neuronopathy. Brain, 112: 112-132, 1989.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報