白岡順(読み)しらおかじゅん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「白岡順」の意味・わかりやすい解説

白岡順
しらおかじゅん
(1944― )

写真家。愛媛県新居浜市生まれ。信州大学文理学部自然科学科で物理学を専攻する。1967年(昭和42)に卒業した後、関東学院大学工学部で物理の実験助手を務める一方で、東京綜合写真専門学校の夜間部に通い写真の制作を始めるという経歴をたどり、1972年同校研究科卒業の後、シベリア鉄道でユーラシア大陸横断の旅に出て、ヨーロッパ諸国を写真を撮りながら放浪した。翌1973年ニューヨークに渡り、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ(1918年学問の自由を求める研究者によって設立された高等教育機関)、国際写真センター(ICP)などで写真を学ぶ。それらの学校の教師には、ダイアン・アーバスにも影響を与えた写真家のリゼットモデル、フィリップ・ハルスマンPhillipe Halsman(1906―1979)、そして展覧会「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」を企画したネイサン・ライオンズNathan Lyons(1930―2016)などもいた。

 1979年よりパリを拠点に作家活動を行う。翌1980年には初の個展「野分(のわき)のあと」(銀座ニコンサロン、東京)を開催している。21年にわたる長いパリ在住期間の前半にあたる1980年代より、パリを中心にフランスやヨーロッパ各国そしてアメリカのギャラリーで展覧会を開催。豊かな陰影の妙を特徴とする白岡の作品は、フランス国立図書館の写真部門のキュレータージャン・クロード・ルマニーJean-Claude Lemagny(1931― )など重要な評論家たちの眼にもとまるようになり、次第に国際的作家の道をたどることとなった。その作品は、まず、日本の美術館ではなく海外で高く評価され、フランス国立図書館、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、メトロポリタン美術館、ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)などの世界の主要な写真コレクションに収められた。1990年には、ボルドー市のアキテーヌ美術館で大規模な個展を開催、同年のパリ写真月間で開催した個展「午后の終りの微風」でヨーロッパ写真館賞グランプリを受賞し、国際的写真家としての地位を確立した。1992年(平成4)川崎市市民ミュージアムで日本では初の大規模な展覧会「春の悲しみ」を開催。白岡作品に特有な深い陰影をたたえたモノクロプリントの調子は当時のフランスや日本の若い世代の写真家にも少なからぬ影響を与えた。

 白岡の写真の多くは、35ミリの一眼レフで旅行や移動の合間に撮影されている。しかし、それは一般的な「スナップ」とは一線を画する。白岡にとって重要なのは、単に目前の現象イメージとして定着することではなく、暗室作業を含めたトータルな作業をとおして、自らのビジョンを確固たる形にすることである。暗室作業を通過した白岡のプリントからは、普段は気にとめない何気ない光景が、特別の深い意味と存在の豊かさを付与されて新たに立ち上がる。スナップショットが瞬間の時空を浮き上がらせるのに対し、白岡は、より根源的な感情と記憶の時間、いい換えれば「生」の時間の次元で現象を立ち上がらせるためにプリントを制作するのである。白岡の写真の最大の特徴である、重厚で深々と沈んだ暗めのトーンとそこに蠢(うごめ)く光の痕跡は、白岡が抱くビジョンを表現するために作家が到達した究極の写真表現となっている。

 白岡の写真は、われわれを「見ること」の深淵へと誘う。彼は、あるところでこう語っている。「両義性、不確実性、明証性。観よ。而(しか)して、観よ。見るとは、自身を見るとは、見られるとは何か。目に見えることなど重要なことではあり得ない」。

 そこに何が写っているのかを知ることはどうでもいいことであり、その作品をじっと見ることを通して、内的な世界が開かれてくることが重要なのである。そこには単に写真のイメージを見るのではなく、「見ること」を「見る」という形而上的な契機が含まれている。それによって、白岡の作品には、写真を契機にしながら、写真にとどまらない美的感覚を覚醒させる可能性が広がっている。白岡の作品が見る者にとって自らの美意識を覚醒させるための窓となりうる可能性を開いているからである。

 白岡は、2000年に帰国し、2001年より2009年まで東京造形大学で教鞭をとった。

[深川雅文]

『「陰翳礼讃 フランスの現代写真」(展覧会カタログ。2000・クレーインク)』『La Photographie Contemporaine en France (1996, Centre Georges Pompidou, Paris)』

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