不確実性(読み)ふかくじつせい(英語表記)uncertainty

翻訳|uncertainty

改訂新版 世界大百科事典 「不確実性」の意味・わかりやすい解説

不確実性 (ふかくじつせい)
uncertainty

経済学用語。思わぬ僥倖(ぎようこう)によるキャピタル・ゲイン,天災,災害,不測の事故等,われわれが経験する不確実性のタイプには,大きく分けて二つのものがある。

第1は,問題の事象がおこるかどうか,前もって確実に予見することはできないが,その事象がおこる確率は客観的に確定していて,しかもその確率の値が事前にわかっている,というケースである。すなわちその不確実性,すなわちその事象のおこる可能性が既知の確率もしくは確率分布をもって定量的に表しうるような状況,したがって確率的不確実性と呼びうるケースである。第2は,問題の不確実性の在り方,程度を既知の確率を使って表現することが不可能であるようなケースである。このケースはさらに二つに分かれ,その一つは,問題事象のおこり方を表す安定的な確率分布の存在ならびにその分布型はわかっているが,その分布を特定化するパラメーター,たとえば平均,分散等の値がわからず,したがってその事象がおこる確率の大きさもわからないケースであり,もう一つは,当該事象のおこり方を規定するメカニズムもしくは理論モデルが科学的に十分解明されていないために,問題事象の確率分布の型,関数形などがまったくわからないケースである。この最後のケースには,そもそも問題事象のおこる可能性を確率を使って量的に表現すること自体が不可能であるような場合も含まれるが,不確実性にかかわる政策-行動決定の問題を扱う際に,とりわけ難しい問題を提起するのは,このケースである。

問題を,不確実性が既知の確率で表しうるケースに限定して考える場合でも,たとえば確率的変動をともなった一定期待値の収益と,その収益期待値と大きさがまったく等しいが確率的変動なしの確定的収益の間でどちらを選好するか,という選好関係の問題がある。ある期待値をもった変動収益と効用の点でまったく無差別であるような確定収益を,その変動収益に対する確実性等価と呼び,変動収益の期待値とそれに対する確実性等価の差(通常は前者のほうが大きい)をリスクプレミアムと呼ぶ。また,異なった分散-変動性をもち,同じ大きさの期待値をもつような二つの変動収益の間の選好に関連して,期待値が同じであれば,より分散の小さい,変動性の低いほうを選好する人(通常の企業の選好態度)を危険回避者(risk avertersの訳で〈危険を回避する人〉とも訳す)と呼び,それに対して,より分散の大きい,変動性の高いほうを選好する人(ばくち好きの人の選好態度)を危険愛好者(risk loversの訳で〈危険を好む人〉とも訳す)と呼ぶ。確率的表現を許す,この種の不確実性下の行動選択問題に関連して,選択ルールとして収益そのものの期待値の最大化をとる代りに,収益の効用の期待値の最大化を提唱するのが,J.フォンノイマン,O.モルゲンシュテルンによって基礎づけがなされた期待効用理論である。期待効用理論の立場では,危険回避-危険愛好といった不確実性をめぐる選好態度は,基本的には,各人の効用関数の形状から導かれることになる。

 生産活動の成果(生産関数)や財消費の効用(効用関数)が,確率的偶然に支配されて動く環境条件に依存して変動するなど,危険もしくは不確実性の影響は,現実の市場行動には付きものである。個人,企業がこのような不確実性を考慮して最適化行動をとるような世界にまで,市場の一般均衡理論を拡張する試みは,K.アロー,G.デブリューらによってなされてきた。たとえば,同じ雨傘についても,晴れの場合の雨傘と雨の場合の雨傘を区別して考えるというように,各通常財ごとに,おこりうる条件の数だけの条件付財を考える。各条件付財に対応して,一種の条件付請求権証書--現実にその条件がおこればその財が給付され,おこらなければその証書は無価値になる--が存在し,その権利証書について通常財のような市場が成立していることを仮定すれば,結果的に,通常財の場合とまったく同値な一般均衡理論が,このような不確実性の世界にも成り立つということである。現実には,不確実性に関連して,この種の条件付財ないし条件付請求権の市場が成立している例は,各種の保険,馬券等にみられるだけである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「不確実性」の意味・わかりやすい解説

不確実性
ふかくじつせい
uncertainty

将来起こりうべき事象に関して人間がもつ情報の正確さについての一区分。トランプ将棋などのゲームや野球サッカーなどのスポーツで次の手を決めたり、日常生活である決定をしたり、あるいは企業で投資や新製品開発などの決定をしたりすることを、専門用語では意思決定decision makingといい、意思決定を行う人を意思決定者decision makerという。ある意思決定を行うときには、なんのために決定を行うかという目的がかならずある。たとえば、企業の場合には長期的な利潤、ゲームやスポーツの場合には相手よりも高い点数をとるのが目的となる。それゆえ、意思決定者にとって最良の決定とは、その目的を達成したり、目的の値を最大にするような決定である。

 さて、その目的を達成できるか否か、あるいはある目的の数値がどのくらいになるかは、〔1〕意思決定者の行動と、〔2〕社会や自然の状態(あるいはゲームなどのときには相手のとる手)の2種類の要因によって決定される。〔1〕は意思決定者にとってコントロールできる制御可能な変数であるが、〔2〕は制御不可能な変数である。したがって、意思決定者は、〔2〕の制御不可能な変数をできるだけ正確に予想しながら、〔1〕の決定を行うことになる。このとき、〔2〕に関して意思決定者がもっている情報の正確さについて、〔a〕確実性、〔b〕リスクrisk、〔c〕不確実性、〔d〕無知、の4種類に分類することができる。

 〔a〕確実性は、何が起こるか確定的にわかっている場合をいう。〔b〕リスクは、何が起こるか確定的にはわからないが、起こりうる状態はわかっており、かつその確率分布がわかっている場合をいい、これに対して、〔c〕不確実性は、起こりうる状態はわかっているが、その確率分布がわかっていない場合をいう。〔d〕無知とは、何が起こるか、どのような状態が起こりうるか、まったく予見できない場合をいう。なお、広義の不確実性とは、〔b〕リスクと〔c〕不確実性の両者をさす。

 このような概念的な枠組みは、1920年代に経済学者F・H・ナイトが初めて発表し、40年代から50年代にかけて数学者のJ・ノイマンと経済学者のO・モルゲンシュテルンや統計学者のA・ワルトなどがふたたび提唱したものである。ナイト、ノイマンとモルゲンシュテルンは企業行動と人間行動の解明のために、ワルトは統計的な推定理論の構築のために提出した概念であり、この概念は現在の不確実性下の経済学や経営学の意思決定理論の基礎となっている。

川智教]

『宮川公男著『意思決定の経済学』全二巻(1968、69・丸善)』『酒井泰弘著『不確実性の経済学』(1982・有斐閣)』


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流通用語辞典 「不確実性」の解説

不確実性

一般に、不確実性とは、意思決定者のコントロールし得ない事象の生起の仕方にさまざまな可能性があり、しかもいずれの事象が確実に起こるか判明しないとき、その意思決定者の不確かな気持ちをさしていう。決定理論では、確実性のもとでの意思決定、リスクのもとでの意思決定、不確実性での意思決定の3つに区分される。

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