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皇帝教皇主義 こうていきょうこうしゅぎCäsaropapismus

4件 の用語解説(皇帝教皇主義の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

皇帝教皇主義
こうていきょうこうしゅぎ
Cäsaropapismus

王権または皇帝権が教会の内部組織に干渉し教会機構を支配する制度。本来世俗権力に属する王権,皇帝権が宗教領域を司る教会の領域に関与し,聖職者の任免や教義典礼の決定に影響力を及ぼすもので,コンスタンチヌス1世 (大帝) 以降の末期ローマ帝国ビザンチン帝国イワン1世 (雷帝) ,ピョートル1世 (大帝) のロシア帝国ギリシア正教会との関係においてその典型が認められる。

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百科事典マイペディアの解説

皇帝教皇主義【こうていきょうこうしゅぎ】

中世ヨーロッパにおいて俗権(皇帝権)が教権(教皇権)に対して優位にあるとした理念。ビザンティン帝国で典型的にみられ,ユスティニアヌス1世の政治理念が代表とされる。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうていきょうこうしゅぎ【皇帝教皇主義 Cäsaropapismus[ドイツ]】

皇帝Caesar,Kaiserが同時にローマ教皇Pope,Papstでもあるという原則,つまり,精神界をつかさどる教会の最高権威が,俗界の長たる国家の最高権力者の手中に握られているような国家・教会関係を示す造語として,18世紀以来使用され,本来,4世紀以後のローマ帝国(ビザンティン帝国)を対象とするものであったが,のちには,1917年までのロシア国教会,中世初期のカール大帝フランク王国,近代のカトリック専制国家,領邦君主が自国のプロテスタント教会の最高司教の地位にあったドイツプロテスタント領邦国家などにも拡大適用された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

皇帝教皇主義
こうていきょうこうしゅぎ
Caesaropapismusドイツ語

皇帝の権威を教皇のそれよりも優位にあるとし、皇帝が教皇をもその管轄下に置くことをいう。すなわち皇帝が教皇の地位をも兼ね、信仰、教会および聖職者に関する事柄をも管理する。この逆の関係を「教皇皇帝主義」とよぶ。いずれも西ヨーロッパ中世において12世紀のころから使用され、ローマ教皇と封建諸侯との対立関係に適用される概念である。11世紀に神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が皇帝権の優位を主張し、対する教皇グレゴリウス7世が教皇権の優位を主張し、双方が争った(聖職叙任権闘争)のはその対立関係の典型的なものといえる。
 皇帝教皇主義の典型としてビザンティン皇帝がよく引用されるが、政教分離を前提とし、皇帝と教皇とがライバル関係にあるラテン世界において適用される概念を、政教一致を国是とするビザンティン皇帝に当てはめるには無理がある。事実、「キリストの友」としてのビザンティン皇帝には、総主教を上回る特殊な霊性が認められ、総主教の任免権も皇帝にあった。しかし他方、教会、修道院および聖職者の庇護(ひご)は皇帝の義務でもあり、ギリシア正教の興隆は諸皇帝の尽力によるところが多いのも事実である。したがって、この概念の使用にはきわめて慎重でなければならない。[和田 廣]

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世界大百科事典内の皇帝教皇主義の言及

【神寵帝理念】より

…かかる理念は遠くペルシアにも見られるが,直接的には2世紀からローマ帝国に徐々に現れてきた皇帝観に連なり,教父のオリゲネスにも萌芽が見られる。実質的に神寵帝の神的権威は現身の神としての皇帝の場合と異ならず,それを推し進めたキリスト教は皇帝教皇主義に必然的に結びついてゆくことになる。皇帝【松本 宣郎】。…

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