翻訳|homology
類縁関係のある異種の生物において,形態と機能が互いに似ているか否かにかかわらず,同じ個体発生的起源(胚域)から発生し,本質的に同様の解剖学的要素から成りたつ器官があるとき,それらは系統発生的にも同一の起源(祖先型)から生じたと考えられる。このような同一性を生物学では相同とよぶ。類縁の近い生物の相同器官は,例えばサルの手とヒトの手のように形態,機能ともによく似ているが,類縁が遠くなればなるほどそれらはかけ離れたものとなる。また例えば,魚類の胸びれ,鳥の翼,クジラのひれあし,コウモリの翼,ヒトの上肢などの関係がそれである。相同は,異種生物にある起源を異にする器官が一見類似の形態と機能をもつことをさす〈相似〉と並んで,生物界における類似性を説明する比較形態学上の基礎概念の一つであるが,相似よりはるかに重要な意義をもっている。
進化論が現れる前には,動物の比較解剖学は一種の類型学として博物学のなかで重きをなしていたが,その時代にも器官の同一性の追究は中心的な問題であった。諸種の生物の構造の解明に基づいて〈体制〉の比較が行われ,そのうえ各生物群の一般的な〈原型achetype〉を観念的に追究する試みがしばしば行われた。1840年代になって,イギリスの比較解剖学者R.オーエンが相同と相似の概念を初めて区別したが,そのころの相同の概念は解剖学および発生学からみた同一性にすぎず,諸種の現存生物をつなぎ合わせ,現存生物と化石生物を結びつける合理的な説明原理は存在しなかった。19世紀の初めに現れたラマルクの進化論は反対者たちによって圧殺され,比較解剖学に影響を与えるには至らなかった。しかるに19世紀半ば過ぎにC.ダーウィンの進化論が登場し,しだいに世に受けいれられるに伴って,相同器官は進化的(系統発生的)起源を同じくする--すなわち共通かつ同一の祖先型から分岐したものであるという新しい認識が得られた。これによって相同器官は有機的に結びつけられ,無理なく説明されることになったのである。相同は実証によって確かめられるものではないが,解剖学,発生学,および古生物学上の知見が進化論によって総合的に理解されることから,単なる仮説ではなく事実とみなされる場合が多い。このように相同が歴史的にとらえられるようになってから,比較解剖学は進化的相同の追究を中心課題とするようになり,その傾向は現在でも変わっていない。
19世紀末にドイツの比較解剖学者ゲーゲンバウアKarl Gegenbaur(1826-1903)は相同を〈特殊相同〉と〈一般相同〉の2群に整理したことがある。前者は異種生物間の狭義の相同で,これに完全相同(形や大きさは変わっても祖先型の構造がそのまま維持されている器官の相同)と不完全相同(構成要素に増減,合体,部分的消失などが起こり祖先型と等価でなくなった器官の相同)を区別する。また後者は同一個体内での広義の相同で,同型(個体内で左右の対をなす器官の相同),同価(体の前後軸にそって反復的に並ぶ器官の相同),および同規(ある器官をつくる諸部分の間の相同)の3種を認めた。脊椎動物の諸構造のほかにも,昆虫の大あごや小あごは肢の変形であるとか,高等植物の花弁や萼は葉の変形であるとかいった〈一般相同〉の例は数多くある。しかし,現在はこうした個体内の同等関係を相同とはよばず,異種生物間の同一性,つまり特殊相同を相同というのが普通である。その場合,ゲーゲンバウアのいわゆる不完全相同に注目し,相同にはいくつものレベルがあることを認める必要がある。例えば,爬虫類と哺乳類の頭骨は全体として相同であるが,構成要素は必ずしも相同ではない。哺乳類の下顎骨格の全体(下顎骨)は爬虫類のそれと相同なのではなく,その一部である歯骨と相同である。では哺乳類の下顎骨の顎関節の部分は,爬虫類の歯骨のどの部分と相同なのかという問題になると,解答は得られていない。このように,大まかにみて相同と考えられる器官は多数知られ,それらが比較解剖学の体系を作りあげるのであるが,それらの構成要素のレベルで相同を確認することは困難であることが多い。そして下位のレベルにあるものほど難解となる。進化による器官の変形に伴って構成要素が複雑な離合集散や増減を生じた結果,それらの相同関係が不分明になるのである。部分の相同が未解明であるとき,器官全体の相同が知られていてもそれはいわば仮の解明にすぎない。そのためにもろもろの研究方法が考案されることになる。このことは,比較解剖学が未解決の問題を無限にもつゆえんである。
なお,以上のような本来の解剖学的相同に随伴して,近年は異種の生物に共通してみられる生理的機能や生化学的現象の相同,さらには行動上の相同などが比較生物学的に論議されることがしばしばある。これらの場合は古生物学的資料を参考にすることができないため,普通は現存生物の比較と推論に頼らざるをえない。
→相似
執筆者:田隅 本生
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別々の生物体のさまざまな形質間にみられる類似性のうち、体制的に同一の配置を示し構造的にもなんらかの共通性が認められ、形態や機能がかならずしも一致していなくても、互いに等価であるとみなしうる関係を相同という。比較形態学のもっとも基本的な概念である。
魚類のうきぶくろと、ほかの脊椎(せきつい)動物の肺との関係や、サメの呼吸器と哺乳(ほにゅう)類の中耳にあるエウスタキオ管(エウスターキョ管)の関係などは相同器官という。また、ヘモグロビン、ミオグロビン、チトクロムcやクロロフィルなどのポルフィリン誘導体は、異なった生物群で異なった機能をもつことから、生化学的相同ということがある。
相同と外見上の類似性を意味する相似とを術語として区別したのは、反進化論の論客でもあったイギリスの比較解剖学者オーエンであった。その定義は文字どおりには現在では通用しにくいが、骨格の比較形態学での具体的な貢献は無視できない。相同を、共通の祖先に由来することの根拠、つまり系統関係を理解する鍵(かぎ)概念として確立したのは、C・ダーウィンである。相同構造にさまざまな程度の差異がみられることは、祖先のもっていた構造が多様に分化し、派生的に特殊化が生じたことを示すというわけである。
相同の規準は、胚(はい)発生上の同一の胚葉に由来する、対応する配置にあるさまざまなレベルの表現型形質間や、染色体さらに遺伝子レベルでの対応にまで求めることも原理的には可能であろう。一般に、種間に互いに独立な相同形質がより多く認められれば、それはより近縁な系統関係を示す強い根拠になる。ある系統群は独自の相同性でくくられ、また各系統群は別の相同性でつながれる。実際には、何を相同とみなすかについては、場合に応じて慎重な検討が必要とされる。たとえば、真核生物の細胞内小器官(ミトコンドリアや葉緑体など)と原核生物の好気性バクテリアや原始藍藻(らんそう)などとの相同性の確認は、真核細胞の起源を原核生物の共生に求める共生説の有力な根拠とされている。これは従来の通念をひっくり返す説明である。
全生物をくくる相同性は、遺伝物質のデオキシリボ核酸(DNA)と、その遺伝情報をアミノ酸へ翻訳する暗号系の普遍性に求めるのが普通である。
[遠藤 彰]
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…このころG.L.キュビエから強い影響を受ける。しかし一方でドイツ自然哲学で支配的であった原型archetypeの説もとりいれ,ジョフロア・サン・ティレールの影響を受けて相似analogy,相同homologyという比較生物学上重要な概念を確立した。C.ダーウィン,T.H.ハクスリーヘの敵対者として知られる。…
…位相幾何学の研究法に,図形などの幾何学的対象に群や環などの代数的対象を対応させ,幾何学的性質を代数的性質に反映させて調べるという方法がある。ホモロジーの概念はこの方法の端緒をなしたもので,H.ポアンカレによって始められた。ホモロジーは各位相空間Xに可換群の列Hn(X)(n=0,1,2,……)を対応させ,連続写像f:X→Yに準同型の列f*:Hn(X)→Hn(Y)を対応させる。ホモロジーを定義する方法はいろいろあるが,次に特異ホモロジーと呼ばれている方法を述べよう。…
…このころG.L.キュビエから強い影響を受ける。しかし一方でドイツ自然哲学で支配的であった原型archetypeの説もとりいれ,ジョフロア・サン・ティレールの影響を受けて相似analogy,相同homologyという比較生物学上重要な概念を確立した。C.ダーウィン,T.H.ハクスリーヘの敵対者として知られる。…
…類縁関係の遠い異種の生物において,個体発生上まったく別の起源から発生し,したがって系統発生的にも無関係の祖先型から別々に生じたものでありながら,一見類似した形態と機能をもつ器官が見られるとき,この類似を相似という。器官の形態と機能が異なっても,その起源が同じであることを指す〈相同〉と対をなすことばで,生物界における類似性を説明する概念の一つ。類似の生活様式をもつ類縁の近い生物の相同器官は,ふつう類似した形態と機能をもつが,この現象はむしろ自明のことであり,相似とはいわない。…
※「相同」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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