改訂新版 世界大百科事典 「相間移動触媒」の意味・わかりやすい解説
相間移動触媒 (そうかんいどうしょくばい)
phase transfer catalyst
水に可溶な物質と油に可溶な物質というように極性の著しく異なる物質を反応させる場合,その溶液系が不均一系となり,それぞれの物質が異なる溶媒相に存在するため,両者の接触が困難で,反応速度がきわめて小さいことが多い。このような場合,長鎖アルキルホスホニウム塩のように,水,油の両相に溶解性をもつ有機物を共存させると,たとえばアルキルホスホニウム塩が水相に存在する反応物イオンをとりこみ,反応場である有機相に移動させて,そこにある試薬と接触させ,さらに生成した不要イオンを水相に運んで廃棄する。この結果,著しく反応を促進させることとなる。このように極性の異なる2相の両方に介在して反応試薬を異相へ移動させ,反応を促進させる役割を果たすものを相間移動触媒(略称PTC)と呼び,この種の形式の反応を相間移動触媒反応という。相間移動触媒作用は1965年スタークスC.M.Starksにより提唱され,以後多くの有機合成,とくに有機物に対し負電荷をもつイオン種の攻撃する求核置換反応やジクロロカルベンの生成,OH⁻による活性水素の引抜きを伴う各種のアルキル化,酸化等の反応に広く利用されている。極性の異なる物質どうしの反応には従来は非プロトン性極性溶媒としてN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)やヘキサメチルホスホリルアミド(HMPA)などを用いたが,いずれも高価であり,水分の影響,操作のわずらわしさ,反応後の回収が困難で,工業的に大量に利用した場合の排水汚染の原因となることなどが欠点とされていた。相間移動触媒は,その点,反応もきわめて容易であり,反応速度を数十倍増大させるといった改善のみでなく,副反応の抑制による反応の選択性の向上の効果も大きい利点がある。相間移動触媒としては前述の長鎖アルキルホスホニウム塩のほか,アンモニウム塩,スルホニウム塩,またクラウンエーテルに代表される大環状エーテル等の化合物が利用される。
執筆者:内田 安三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報