真田十勇士(読み)サナダジュウユウシ

  • さなだじゅうゆうし ‥ジフユウシ
  • さなだじゅうゆうし〔ジフユウシ〕

百科事典マイペディアの解説

真田幸村に仕えたとされる10人の勇士の総称猿飛佐助,霧隠(きりがくれ)才蔵,三好清海(せいかい)入道,三好伊三(いさ)入道,穴山小介海野(うんの)六郎(かけい)十蔵,根津甚八,望月六郎,由利鎌之助をいう。実在の者もいるが,武勇伝立川文庫による創作である。
→関連項目真田氏

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世界大百科事典 第2版の解説

安土桃山時代の武将真田幸村(1567‐1615)につかえて,武勇をあらわしたという10人の勇士の総称。猿飛佐助,霧隠才蔵,三好清海入道,三好伊三(いさ)入道,穴山小介,海野(うんの)六郎,筧(かけい)十蔵,根津甚八,望月六郎,由利鎌之助の10人だが,三好清海入道と伊三入道は兄弟とされている。このうち,由利鎌之助,三好清海入道,伊三入道,根津甚八などの名は,《真田三代記》や《大坂夏陣図》などにも見うけるが,〈真田十勇士〉としての武勇伝の数々は,すべて〈立川文庫〉による創作である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊臣(とよとみ)方の知将真田幸村(ゆきむら)の家来、猿飛佐助(さるとびさすけ)、霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)、三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)、三好伊三入道(いさにゅうどう)、穴山小助(あなやまこすけ)、由利鎌之助(ゆりかまのすけ)、根津甚八(ねづじんぱち)、筧十蔵(かけいじゅうぞう)、海野六郎(うんのろくろう)、望月六郎(もちづきろくろう)の10人をいう。江戸時代中期に書かれた『真田三代記』には穴山、由利、海野ら3人の名は明記されているが、十勇士が成立して人気を得たのは、明治末から大正初期にかけて発行された「立川(たちかわ)文庫」で創作されてからである。同文庫の玉田玉秀斎、山田酔神のコンビがつくった40冊目の『猿飛佐助』(1914)が大当りしたのを皮切りに、55冊目に霧隠、60冊目に三好清海入道、62冊目に由利、以下六勇士がつくられた。佐助と霧隠の忍術、怪力の清海・伊三入道兄弟、鎖鎌(くさりがま)の由利と、それぞれ得意の武芸で徳川勢を相手にした獅子(しし)奮迅の活躍が爆発的な人気を得た。

[武蔵野次郎]

『『立川文庫傑作選』(『歴史と旅』臨時増刊・1981.7・秋田書店)』『桑田忠親著『戦国史談』(潮文庫)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

戦国末の武将、真田幸村の家臣で、大坂冬の陣、夏の陣に、大坂方のために大活躍した一〇人の勇士。その武勇伝は明治末から大正初期にかけて発行された講談本「立川文庫」によって創作されたもの。忍術の猿飛佐助、霧隠才蔵、怪力の三好清海入道、三好伊三(いさ)入道、鎖鎌の由利鎌之助以下、筧(かけい)十造、海野六郎、望月六郎、穴山小助、根津甚八とそれぞれ得意の武芸で人気を得た。

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