中国、明(みん)代の長編小説『西遊記』の主人公。花果山(かかざん)の仙石から生まれた石猿の悟空は、変化(へんげ)の術を身につけ、自由自在に伸び縮みする如意棒(にょいぼう)を振るい天宮を騒がすが、如来(にょらい)によって五行山下に取り押さえられる。三蔵法師玄奘(げんじょう)の従者となることで救い出された悟空は、猪八戒(ちょはっかい)、沙悟浄(さごじょう)とともに九九八十一難(くくはちじゅういちなん)から法師を守り無事取経の目的を果たす。玄奘の取経旅行は唐代にすでに伝説化されるが、悟空は南宋(なんそう)の『大唐三蔵取経詩話』のなかに猴行者(こうぎょうじゃ)として初めて登場する。その後の物語の成長発展に伴い、悟空は縦横無尽の活躍をするようになる。悟空の起源については種々の説があり、仏典に、あるいは中国の古い説話のなかに、あるいはインドの『ラーマーヤナ』に起源を求めるが、まだ確定的な説はない。この人・猿・神の三性を兼ね備えた悟空は勇猛果敢に妖怪(ようかい)どもと闘うが、単純・短気で、おだてにものりやすい。底抜けに明るい悟空の野性味は、倫理の枠を超えて読者に強く迫り、優柔不断な三蔵法師にかわり完全に主人公化している。
[桜井幸江]
『中野美代子著『孫悟空の誕生――サルの民話学と「西遊記」』(1980・玉川大学出版部)』
中国の小説《西遊記》に登場する猿の名。花果山の石から生まれ水簾洞で美猴王と称し,やがて仙人より72般の仙術を教わって神通力を身につけ,孫悟空の名を与えられる。次いで斉天大聖と名のって竜宮,地府,天界を荒らしまわったあげく,釈迦如来によって五行山の岩に閉じこめられ,母の胎内たる石の中で再生を期す。500年後にここを通りかかった玄奘(げんじよう)に助けられ,その弟子として猪八戒(ちよはつかい),沙悟浄(さごじよう)とともに西天取経の旅に出,妖怪どもを退治しつつめでたく目的を達し,その功績で闘戦勝仏となる。この孫悟空のイメージの形成にあたっては,漢以降の猿の民話数種をはじめ,仏典に見える猿,インドの古代叙事詩《ラーマーヤナ》に登場する猿のハヌマットなどのイメージが混然と絡みあっているほか,竜がそなえる神通力も影響を与えたと思われるが,まだ多くの謎が解明を待っている。しかし京劇,劇画,アニメ等における人気は当代随一といえよう。
執筆者:中野 美代子
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…また,同じ主題による戯曲も金・元代に作られていたが,現存するのは明初の楊景賢(楊景言とも伝えられる)の《西遊記雑劇》のみである。 こうして,明刊本《西遊記》へと集大成されていったが,物語発展の過程で,実質的な主人公は,玄奘から孫悟空へと移し変えられていった。現存する明刊本の構成は,(1)孫悟空の生い立ちと〈大閙天宮(だいどうてんぐう)(大いに天宮をさわがす)〉故事(第1~7回),(2)観音による取経者さがし(第8回),(3)玄奘の生い立ち(第9回),(4)唐太宗の地獄めぐり(第10~12回),(5)西天取経の旅(第13~100回)となっている。…
…宋代ころからは猿の神秘性はうすれ,代わって猴をめぐる話が優勢となる。小説《西遊記》に登場するサル孫悟空は,宋代以降にわかに優勢になった猴の代表者であるが,そのイメージには,猿をめぐる伝承も,また遠くインドのハヌマットの要素も,ともに揺曳(ようえい)している。中国の奥地の山中にすむシシバナザル(金糸猴,仰鼻猴)も,その美しい金毛や特異な容貌(青い顔とあおむきの鼻孔)のゆえに多くの伝説をもっているし,野人,野女と呼ばれる猿も,今日まで話題を提供し続けている。…
…巨人症などでは手も大きく,すでに松浦静山《甲子(かつし)夜話》には手首より中指先まで約29cmある身長7尺3寸(約2m20cm)の釈迦嶽(しやかがたけ)という力士の手形の話がある。釈迦が手を自在に大きくした話は《西遊記》にあり,孫悟空がひと跳び10万8000里をいく觔斗雲(きんとうん)を駆って,いかに飛んでも釈迦の手掌から出られなかった。仏の手には不思議が多く,阿弥陀如来の手掌には1000本の車の輻(や)がすじとなって交差し,その放つ光は金の水となって畜生を畏怖(いふ)させる。…
…たとえば,ラーマが戦場において失神したとき,彼はヒマラヤ山中へ飛び,薬草のある山を引き抜いて運んで来て,ラーマを蘇生させる。ハヌマットは《西遊記》の孫悟空のモデルであるという説もあるが,彼も広く民衆に愛され,崇拝され続けている。彼が曲芸師やレスラーの守護神であるということも興味深い。…
※「孫悟空」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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