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矢田堀鴻 やたぼり こう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

矢田堀鴻 やたぼり-こう

1829-1887 幕末-明治時代の武士,官僚。
文政12年生まれ。荒井顕道(あきみち)の弟。幕臣。長崎海軍伝習所にまなぶ。軍艦操練所の教授方頭取となり,榎本武揚(たけあき)らをそだてる。慶応4年海軍総裁。維新後は沼津兵学校の経営にあたり,のち工部省などにつとめた。明治20年11月17日死去。59歳。通称は景蔵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

矢田堀鴻
やたぼりこう
(1829―1887)

幕府海軍総裁。初めの名は敏、字(あざな)は孟軫、維新後、鴻と改名、通称は景蔵または帰六。関東代官荒井清兵衛の弟で、旗本の矢田堀家を継いだ。昌平黌(しょうへいこう)に学び、1855年(安政2)長崎海軍伝習生となり、勝麟太郎(かつりんたろう)らとともにオランダ人から伝習を受けた。軍艦頭取(とうどり)、軍艦奉行並(ぶぎょうなみ)を歴任、1868年(慶応4)には海軍総裁となった。また軍艦操練所教授方頭取として、榎本武揚(えのもとたけあき)、赤松則良(あかまつのりよし)、荒井郁之助(あらいいくのすけ)など多数の海軍人材を養成した。維新後は徳川家に従って静岡に移住し、沼津兵学校の幹部として尽力。のち海軍省、工部省に出仕した。[菊池俊彦]

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