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荒井郁之助 あらいいくのすけ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

荒井郁之助
あらいいくのすけ

[生]天保6(1835).江戸
[没]1909.7.
江戸時代末期の幕臣。幕末長崎で航海術を学ぶ。箱館抗戦後,新政府開拓使に出仕し,内務省地理局長を経て,初代の中央気象台長。明治5 (1872) 年『英和対訳辞書』 (いわゆる開拓使辞書) を編集,刊行した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒井郁之助 あらい-いくのすけ

1835-1909 幕末-明治時代の武士,官吏。
天保(てんぽう)6年生まれ。荒井顕道(あきみち)の長男。幕臣。長崎海軍伝習所で航海術をおさめ,順動艦長,講武所取締役などを歴任。慶応4年榎本武揚(えのもと-たけあき)の軍に参加,蝦夷(えぞ)仮政府の海軍奉行となる。翌年新政府軍に降伏し入獄。釈放後は開拓使につとめ,のち内務省測量局長,初代中央気象台長。明治42年7月19日死去。75歳。江戸出身。名は顕徳。

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大辞林 第三版の解説

あらいいくのすけ【荒井郁之助】

1835~1909) 明治政府の測量・気象の技術官僚。江戸の生まれ。旧幕臣。昌平坂学問所・長崎海軍伝習所に学ぶ。官軍に抗して敗れ、下獄。のち許されて開拓使出仕。内務省測量局長、中央気象台初代台長。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

荒井郁之助
あらいいくのすけ
(1835―1909)

測地学者、気象官僚。諱(いみな)は顕徳。江戸に生まれ、昌平黌(しょうへいこう)に学んだ。幕府に仕えて軍艦操練所頭取、講武所取締役、歩兵頭を歴任、1867年(慶応3)海軍奉行となった。1868年(明治1)官軍への恭順を拒否して榎本武揚(えのもとたけあき)らと箱館(はこだて)に走り、五稜郭(ごりょうかく)にあって官軍と戦ったが、敗れて獄に下った。1872年許されて開拓使出仕となり、札幌農学校創設や測地などにあたり、1877年には内務省地理局に奉職、同年測量課長となった。1887年8月19日、新潟において日本最初の科学的な皆既日食観測を行い、1890年中央気象台が独立すると、その初代台長となった。翌1891年退官し、以後は榎本武揚らと浦賀ドックの創設にあたった。[根本順吉]

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