デジタル大辞泉
「海軍総裁」の意味・読み・例文・類語
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かいぐん‐そうさい【海軍総裁】
- 〘 名詞 〙 江戸幕府の職制。幕府海軍の最高責任者であり、イギリス海軍伝習事務などをも総理した。慶応三年(一八六七)七月設置、翌年閏(うるう)四月廃止。
- [初出の実例]「一、海軍奉行同並軍艦奉行は、毎週日曜日海軍総裁宅に而会議之事」(出典:海軍歴史(1889)一五)
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海軍総裁 (かいぐんそうさい)
江戸末期,徳川幕府海軍の最高官職。1863年(文久2)12月,徳島藩主蜂須賀斉裕が陸軍総裁兼任で任命されたのが初例である。66年(慶応2)12月,老中格稲葉正巳が兼任してから常置の官職となり,翌年6月制定の内規では毎週日曜日にその役宅で海軍奉行,同並,軍艦奉行が会議するとされた。68年(明治1)1月,稲葉にかわって矢田堀鴻が任命され,副総裁も置かれて榎本武揚が就任したが,幕府の瓦解とともに自然消滅した。
執筆者:三谷 博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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海軍総裁
かいぐんそうさい
幕末期、海軍の事務を統轄した江戸幕府の職名。1866年(慶応2)に設置。文久(ぶんきゅう)年間(1861~64)、幕府軍制掛の立案した軍改革案には最上位にその名がみえるが、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)(第15代将軍徳川慶喜)の幕政改革で実現。66年12月に、老中格より稲葉正巳(まさみ)(館山(たてやま)藩主)が兼任、68年1月よりは軍艦奉行並(ぶぎょうなみ)矢田堀鴻(やたぼりこう)(讃岐守(さぬきのかみ))が任じられ、閏(うるう)4月の辞任とともに廃止された。ちなみに、68年1月より榎本武揚(えのもとたけあき)が軍艦頭並から海軍副総裁となり、幕府海軍の実権を掌握した。
[田中 彰]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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海軍総裁
かいぐんそうさい
江戸時代末期の幕府職名。低下した幕府権力を回復するため,すでに文久1 (1861) 年から幕制改革案が検討され,特に海陸軍の拡充が目指されていた。慶応2 (66) 年に設置され,イギリス海軍の伝習などを主宰。初代総裁は老中格稲葉正巳。同4年閏4月に廃止。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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