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石出帯刀 いしでたてわき

百科事典マイペディアの解説

石出帯刀【いしでたてわき】

江戸時代に江戸小伝馬町牢屋(ろうや)の取締りを職とした。下総(しもうさ)香取郡の出の石出氏が代々家職とし帯刀を名乗った。牢屋奉行と俗によばれ町奉行の支配下で300石を受けた。

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世界大百科事典 第2版の解説

いしでたてわき【石出帯刀】

江戸小伝馬町屋の長。職名を囚獄(しゆうごく)と称するが,牢屋奉行とも俗称した。江戸幕府創立以来石出家が世襲し,帯刀を名のった。町奉行支配,禄高300俵,役扶持十人扶持,与力格御目見(おめみえ)以下の格で,その地位は低かった。牢屋敷内の役宅に居住し,牢屋同心50~70名をはじめ医師,下男(しもおとこ)などの吏員を支配した。登城もせず,一般の幕臣とも交際しなかったといわれる。【平松 義郎】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石出帯刀
いしでたてわき

江戸時代に江戸の小伝馬町(こでんまちょう)にあった牢屋(ろうや)の取締りを役職とした者。高300俵、町奉行(ぶぎょう)の支配を受け、小伝馬町牢屋構内の拝領屋敷に居住した。配下に牢屋同心(どうしん)58人、牢屋下男3人があった。牢舎が慶長(けいちょう)年間(1596~1615)に常盤(ときわ)橋外から小伝馬町に移った当時より、幕末まで石出氏が代々石出帯刀の名称でその職責を務めた。俗に牢屋奉行とよばれたように牢屋敷いっさいのことを管理したが、不浄の役人として登城は許されなかった。1657年(明暦3)の大火の際、当時の石出帯刀(常軒(じょうけん)、1615―89)が、囚人の焼死を救うため、自己の責任で囚人を放免した逸事がある。なお、これを1662年(寛文2)のこととする説もある。[南 和男]

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