日本歴史地名大系 「石母田供養石塔」の解説
石母田供養石塔
いしもだくようせきとう
[現在地名]国見町石母田
如来)を刻み、その下に全六行二六字詰・一五四文字がある。その文章は文案作成者の僧智
が、徳治三年(一三〇八)一一月二〇日、先祖の百回忌の命日にあたって塔婆を建立するとの旨を述べたもので、鎌倉期の禅密合一思想を示す。一山一寧は、正安元年(一二九九)筑前
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
如来)を刻み、その下に全六行二六字詰・一五四文字がある。その文章は文案作成者の僧智
が、徳治三年(一三〇八)一一月二〇日、先祖の百回忌の命日にあたって塔婆を建立するとの旨を述べたもので、鎌倉期の禅密合一思想を示す。一山一寧は、正安元年(一二九九)筑前
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