研究・開発(読み)けんきゅうかいはつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「研究・開発」の意味・わかりやすい解説

研究・開発
けんきゅうかいはつ

新製品の開発や生産方法の改善など新しい技術の開発は、科学的知識の応用や経験的な蓄積をもとに進められるが、通常、その過程は、工業的研究industrial researchの段階と、研究成果に基づいて小規模な生産を試み、それを工業的生産の規模にまで拡大して実用化にこぎ着ける開発developmentの段階に分けることができる。「研究・開発」(R&D=Research and Development)とは、こうした技術開発を目的とした基礎的研究から技術開発に至る過程をいう。

 工業的研究は、生産方法や製品の品質・性能などに関する新しい概念・アイデアを生み出し、それについての研究が行われる基礎的研究の段階、具体的な製品や製法として応用できるか否かを検討するために行われる応用的研究の段階などから成り立っている。

 さらに、これを大量生産が可能な製品として完成させるためには、機械的加工・組立法や化学的プロセス、品質検査法などの製造技術の開発が必要である。この段階で製品の構造や材料などを含めて設計方法が再検討され、大量生産に適合した製品設計と製造方法が最終的に確立する。この段階が開発であり、開発のためにもさまざまな研究が行われる。したがって基礎的な段階から最終的な製品開発の段階までの研究を、一般に、基礎研究、応用研究、開発研究と分けることがあるが、その区分はそれほど明確なものではない。

 たとえば、エレクトロニクス技術に大変革を与えたLSI大規模集積回路)は、量子力学固体物理学によって可能となった半導体技術とそれらを高密度に集積する集積回路の設計方式を基礎としている。さらに大量生産のためには、結晶技術や蒸着技術、あるいは極微細な回路を描くための光や電子線技術をさまざまに組み合わせることが必要である。また、1950年代後半に半導体の大量生産技術として考案・開発されたシリコン・プレナー技術がその後の集積回路技術の基礎となったように、基礎、応用、開発の区分は絶対的なものではない。

 通常、研究の性格別分類において基礎、応用、開発と分類する場合、基礎研究は、おもに、物理学の基礎研究のように自然現象の法則的理解を目的として、応用を直接の目的としない研究、いわゆる基礎科学の研究をさす。たとえば政府の科学研究費における「基礎研究費」には基礎科学の研究費と応用を目的とした基礎研究の両者を含む。企業研究所での基礎研究とは新しい製品や生産方法の開発を目的とするものである。しかしこの区別も相対的なものである。大企業の中央研究所での「基礎研究」のなかには大学の理学部における「基礎科学」研究と同様に基礎的なものがある。

[慈道裕治]

研究・開発の歴史

工業的研究を重視して、そのために企業や国が研究機関を設置する動きは19世紀後半から20世紀初頭にかけて先進諸国で始まり、第一次、第二次の両世界大戦を通してますます全体的傾向へと発展していった。

 ドイツでは、1870年に、理工学研究所Physicalische Technische Reichsanstaltを設立し、産業の基礎となる測定法などの工業的研究に着手している。クルップジーメンスなどの企業では1900年代初頭には、すでに数百人に及ぶ研究者を擁して工業的研究を実施していた。

 アメリカでは1901年に、国立度量衡局US National Bureau of Standardsが、イギリスでは1900年に物理学研究所National Physical Laboratoryが設立されている。工業的研究と同時に「開発」の独自な役割が重視され、組織的に追究されるようになったのは第二次世界大戦後であるが、アメリカではすでに1941年に国防に関連する科学的・医学的研究を組織化するために、科学研究開発局Office of Scientific Research and Developmentが大統領直属の機関として設置されている。原子爆弾開発は科学研究開発局の指揮下において実行され、戦後の技術開発体制の原型となった。第二次世界大戦での軍事技術開発の経験をもとに、1947年に出されたスティールマン報告は開発段階を独自な段階として位置づけて、アメリカにおける科学研究の組織化を方向づけている。

[慈道裕治]

研究機関

研究・開発のための研究機関には企業研究所や国立研究所があり、ベル電話研究所のように1925年の創設以来、基礎的分野で多くの研究成果をあげ、数多くのノーベル賞受賞者を出している企業研究所がある(2003年現在11名)。W・B・ショックレーらが半導体研究によって1956年にノーベル物理学賞を受賞したことは、同研究所の基礎研究での成果を象徴するものである。そのほかに、アメリカのランド・コーポレーションやバッテル記念研究所のように研究それ自体を事業として経営する研究所があり、これらは民間の研究所ではあるが、企業研究所に対して「非営利研究法人」といわれている。その多くが国の産業・軍事両面にわたる技術開発に密接にかかわっている。また、日本の日本原子力研究開発機構のように国の出資する独立行政法人組織の研究機関などもある。

[慈道裕治]

研究開発管理

1980年代に入ると、日本を含めた先進国の低成長経済のもとでの研究部門・開発部門間の技術移転あるいは知識移転政策が研究開発管理の課題として重要性を増した。基礎研究の成果を応用研究・開発研究に応用し開発成果をあげるという、基礎→応用→開発の直列的な関係(リニアモデル)に対して、クラインStephen Jay Kline(1922―1997)は企業経営の立場から1980年代に連鎖モデルChain-Linked Modelを提唱した。連鎖モデルは、研究部門と設計部門、製造部門との間の協力関係を重視する日本的経営に基づいたものであり、最終製品の市場化を前提に、基礎、応用、開発の間に並行的な関係を導入し、開発目的のもとに相互連携性を導入し統合的に管理しようとするものである。

 1980年代には、国際競争の激化、低成長化の市場重視、効率性重視のもとで先進諸国において研究・開発のあり方に転機が訪れた。ローゼンブルームRichard S. Rosenbloomは、基礎研究において重要な役割を果たしてきたアメリカの企業の中央研究所に一つの時代の終わりが訪れているとして、企業研究所が開発成果をあげる必要性とともに、長期的かつ先駆的研究に強力な支援を惜しまなかった企業がこの種の研究から身を引こうとしていることに警告を発した。

 研究・開発における政府、産業界、大学・研究機関の役割分担についても新たな動向が生じた。日本がナショナル・プロジェクト型の研究・開発によって重点技術開発を推進した経験を取り入れ、アメリカは政府や企業コンソーシアムの役割を高め、半導体分野の競争力強化のためにSEMATECH(セマテック)(Semiconductor Manufacturing Technologyの略。1987年設立)のような企業コンソーシアムの設置への助成に踏み切った。他方で、日本政府は、アメリカ型の産学連携の促進に向けて大学の研究開発能力の強化、産業界との連携策を打ち出した。科学技術政策のレベルにおいても、基礎、応用、開発の相互関係を連鎖モデルが指摘するように相互連関的に推進する方策が導入されている。

 研究・開発は定義で述べたように開発を目的とする研究のプロセスであり、そのための活動であるが、研究・開発の比重の増大が科学研究の系統性に大きな影響を与えつつある。産業振興政策における研究・開発の重要性が増すにつれて、産業指向型の研究に資源配分が大規模化する。他方で、環境問題や高齢化社会の到来に伴って、人間・自然・社会の総体的な研究、あるいは相互に関連づけた研究が基礎的領域から開発領域に至るまで必要となっている。

[慈道裕治]

『市川泰治郎著『アメリカの研究産業』(1971・鹿島研究所出版会)』『J・D・バナール著、坂田昌一他訳『科学の社会的機能』(1981・勁草書房)』『児玉文雄著『ハイテク技術のパラダイム――マクロ技術学の体系』(1991・中央公論社)』『西沢脩著『研究開発費の会計と管理』新4訂版(1993・白桃書房)』『リチャード・S・ローゼンブルーム、ウィリアム・J・スペンサー編、西村吉雄訳『中央研究所の時代の終焉――研究開発の未来』(1998・日経BP社)』

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