ある技術が,国境をこえ,あるいは企業から別の企業に,移転または伝播する現象をさす。技術伝播,テクノロジー・トランスファーともいう。この現象が重視されるのは,発展途上国の開発にとって不可欠だからであり,今日,国連その他国際機関で研究がさかんである。技術には,ハードウェア(生産技術)とソフトウェア(経営技術)がある。まず移転の形態から述べると,(1)科学文献,学者の交流という基礎的土壌の形成,(2)技術者,管理者の教育・訓練,(3)企業によるパテント(特許)の売買,ノウ・ハウ(特定の技術を特許権の登録をせず自社の秘密にしておくもの)の供与,(4)直接投資による自社技術の適用,(5)政府間技術協力がある。技術の習得には科学知識が必要であり,このような移転の基盤に注目して,教育,受入社会における技術吸収能力の養成に力を入れる人々もある。またソフトウェアの吸収には,結局,危険負担をして事業を経営する企業家を形成するような社会制度を築く必要がある。
技術移転が今日経済学者の関心を集めている一つの領域は,特許とノウ・ハウの売買と直接投資に関連する移転である。特許制度は本来,技術の開発者に対して,その社会への貢献に応じて,一定期間,新技術からの利益を独占的に享受させようとするものである。特許権者は,実施者から使用料を得,また使用に一定の制限をつけることが合法的にできる。これに対して,多くの発展途上国では,これを不当な制限とみなして反対している。ノウ・ハウについても同様な現象がみられる。直接投資の場合には,技術は企業内の移転にとどまる場合もあるし,合弁企業のときは本社から,いわば混血の子会社に移転する。この場合にも,企業内の技術料支払取決めや子会社または合弁会社に課せられる制約をめぐって論争があり,発展途上国の主張する〈新国際経済秩序(NIEO)〉において,その改善要求の一部となっている。
近年唱えられている技術移転論の一つは〈適正技術移転論〉で,賃金の安い発展途上国が高賃金国に適した労働節約的技術を適用するのは不合理だという主張である。労働集約的かつ中小企業型技術のほうが適していると主張する。いま一つは少数説だが,発展途上国の国民が多国籍企業等先進国からの進出企業によって,〈不適切な〉ぜいたく品(たとえば香料入りセッケン)の消費を強いられているという〈消費技術移転論〉である。
執筆者:関口 末夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に高度な技術を保有している個人や組織から、その技術を別の個人や組織に移転すること。大学その他の研究機関や企業、政府などから他の研究機関や企業、政府などへ技術が移転する場合がありうる。技術移転は一国の国内で行われることもあれば、国境を越えて行われることもある。移転される技術は、ハードの生産技術とソフトの経営技術(生産流通の体系、マーケティング・システム)など、さまざまである。技術移転の形態としては、(1)科学文献の提供や研究者・技術者の交流、(2)技術者の教育・訓練、(3)企業による特許の譲渡・ライセンシング、経営契約やコンサルティング契約を通じたノウハウの供与、(4)直接投資を通じた自社技術の伝播(でんぱ)、(5)政府間の技術協力などがあげられる。
技術移転は、生産性向上の有効な手段であるから、開発途上国の経済発展にとっても重要な戦略である。しかしながら、現在のところ、国際的な技術移転の大部分は先進国間のそれであって、先進国から開発途上国への技術移転はあまり成果をあげていない。その原因は、技術移転が一般的な技術に関する知識、さらには一定の教育水準や思考様式を前提としており、国際間で知識や教育の水準の隔たりが大きい場合、技術移転は十分な効果を発揮できないためである。また、開発途上国への技術移転は、現実には先進国多国籍企業の直接投資によって行われることが多いが、その場合、移転される技術が開発途上国の経済発展段階にふさわしいかどうかも大きな問題となる。開発途上国には資本に比して労働力が豊富に存在しているが、移転される技術が資本集約的なものであれば、雇用の創出効果や技術の習得効果は限られるからである。
しかし、先進国からの直接投資は、それが開発途上国の生産要素の存在状態や技術水準に適合した事業として運営されれば、適切な技術移転を通じて、経営者、技術者、労働者が経験と熟練を集積し、技術水準の向上に貢献することが期待できる。現に、とくに1980年代以降に経済発展を遂げた諸国のなかには、先進国からの直接投資を積極的に受け入れ、適正な技術移転を通じた技術水準の向上を達成した結果、経済発展を加速させることに成功した国として、ベトナムやタイなどがあげられる。自国の技術水準に対する正確な現状認識を踏まえて、直接投資を通じた適正な技術移転の推進を実現する投資受入れ政策を立案し実行することが、開発途上国の政府に求められる。
[中川淳司 2022年2月18日]
『黒崎卓・山形辰史著『開発経済学 貧困削減へのアプローチ』増補改訂版(2017・日本評論社)』
高水準の技術を有する者が,当該技術を有しない他者に移転することにより,その伝播をはかることで,従来は国際間の移転,すなわち先進国間,先進国と発展途上国間等での移転を指すのが一般的であった。しかし,1980年以降のアメリカ合衆国国内で,大学を含む公的研究開発機関で創出された技術が民間企業に移転され,新技術開発や新規事業創出に貢献したという言説が一般化し,新産業の育成やイノベーションの創出を望む日本を含む多くの国において,大学等からの民間企業に対する技術移転に注目が集まった。とくに1980年にアメリカで制定された連邦政府資金での研究開発から創出された,大学研究者等による発明を当該研究者の所属大学等に帰属させることを可能にしたバイドール法(アメリカ)は,大学等から民間企業に対する技術移転の円滑な促進に寄与したと見なされ,諸外国で模倣された。日本では1999年に施行された産業活力再生特別措置法(日本)(産活法(日本))30条が日本版バイドール条項とされた(同法は2014年1月の産業競争力強化法(日本)施行に伴い廃止)。
著者: 細野光章
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