[第三の使命としての社会貢献]
社会貢献とは,教育・研究と並ぶ大学の基本的機能の一つであり,大学が「象牙の塔」から脱却し,社会の発展に寄与するよう要請する概念である。英語の「public service」に相当するが,「公共奉仕」「社会奉仕」「社会的サービス」「公共へのサービス」などとさまざまに訳されてきたように,概念規定が曖昧であった。これは社会貢献を教育・研究の付加的な機能とみなす,従来のとらえ方を反映している。
これに対し,中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像(中教審答申)」(2005年)は,社会貢献を教育・研究と並ぶ大学の「第三の使命」として明記した点で画期的であった。「当然のことながら,教育や研究それ自体が長期的観点からの社会貢献であるが,近年では,国際協力,公開講座や産学官連携等を通じた,より直接的な貢献も求められるようになっており,こうした社会貢献の役割を,言わば大学の第三の使命としてとらえていく」とする記述である。さらに2006年の教育基本法改正および2007年の学校教育法改正では,大学が果たすべき役割として従来の学術研究,人材育成に加え,教育研究の成果を広く社会へ提供することが新たに位置づけられた。
[アメリカの大学(社会貢献)の社会貢献]
社会貢献の起源は,しばしばアメリカ合衆国のモリル法(アメリカ)制定(1862年)に求められる。同法では,国有地の払下げを受けて,各州に通常は1校以上の主として州立のランドグラント・カレッジを設立することが定められた。同法は,大学が産業階級に対して農学・軍事・工学という実学を提供する義務を負うことを示した。これにより,ランドグラント・カレッジは研究大学として国家社会の繁栄を支える高度な研究を行い,研究成果を産業・経済や社会政策に応用することで,公共の福祉に貢献する使命を負うことが明らかになった。第2次世界大戦後になると,高等教育機会の拡大のために年齢や職歴が異なる学生を受け入れることや,都市再生問題と雇用開発に政策的提言を行うことなど,大学に求められる社会貢献の内実が多様化した。
連邦助成が縮小に向かった1970年代後半以降は,教育研究活動の成果を経営資源に転化することで,社会に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが求められた。研究面では,技術移転で新産業を育成する産学連携が進展した。教育面では,実学志向のカリキュラム改革や職業経験につながるインターンシップが盛んになった。近年,インターネットを介した遠隔教育の技術革新が試みられ,著名大学が競ってオープンコースウェアを開発しているが,教育研究成果の開放という観点からみれば,これも社会貢献に含まれる。
以上のように,社会貢献の様相は固定的ではなく,各時代の高等教育課題に対応して大きく変化するものである。したがって,その領域は広いが,大きく分けて組織レベルで行うものと個人レベルで行うものがある。前者には,①専門職および実務指向のカリキュラム改革,②高等教育の機会開放,③公共事業,④研究成果の活用がある。後者には,⑤公共政策への提言や公開講座などによる専門的知見の提供,⑥大学運営への参画,⑦専門領域の学会活動,⑧貧困や都市再生などの地域行政への協力,⑨専門的な相談業務に就くコンサルティングなどが含まれる。
[日本の大学(社会貢献)の社会貢献]
日本でも「第三の使命」を主張する議論は古く,すでに1960年代から,大学の閉鎖性を打開する「開かれた大学」論のなかで展開されてきた。中央教育審議会答申(1971年)でも,高等教育の多様化をすすめ,生涯教育振興の観点からの貢献が目指された。一定年齢層の学生や特定の学歴のある者だけでなく,広く国民一般に対して,生涯にわたる教育の機会を開放するという意味である。臨時教育審議会では,大学に対して,生涯学習の体系化と高等教育の弾力化に対する貢献がますます期待される一方で,「産・官・学における人,情報,物の相互交流」(臨時教育審議会第2次答申,1986年)がうたわれた。しかしながら,教育・研究と比べると,社会貢献の使命に対する意識は必ずしも高くなかった。
「社会貢献」というタームが審議会答申に登場するのは,1998年の大学審議会答申以降である。そこでは「高等教育機関は,今後,その知的資源等をもって積極的に社会発展に資する開かれた教育機関」となり,「社会貢献の機能を果たしていくために,リフレッシュ教育の実施,国立試験研究機関や民間等の研究所等との連携大学院方式の実施,共同研究の実施,受託研究や寄附講座の受入れなど産学連携の推進」を図ることと記されている。すなわち1998年の大学審議会答申の「社会貢献」とは,知的資源を活用した国際競争力強化の施策であり,各大学が競争的環境に適合しつつ独自性を発揮するための産学官連携を示唆している。こうした事情から今日の社会貢献は,「産学官連携は社会貢献の一形態」という考えにもとづいて,生涯学習の振興や教育政策というよりも,むしろ科学技術・学術政策の文脈で推進されている。とくに2004年の国立大学法人化と連動して,地域再生や産学官連携を推奨する資金配分が行われたことにより,社会貢献が注目されるようになった。
大学の社会貢献活動は,いまや大学から社会へという一方通行ではなく,オープン・イノベーションや知識生産を行う主体同士をいかに連携させていくかが問われている。したがって大学には,単なる経済活性化だけではなく,地域の人材育成,地域共同体の再生,福祉や環境問題など多様なファクターを視野に入れ,地域社会・経済社会・国際社会を含む広い社会の発展へ寄与することが期待されている。
著者: 五島敦子
参考文献: Ward, K., “Faculty Service Roles and the Scholarship of Engagement”, The ASHE-ERIC Higher Education Report Series, Vol. 29, No.5, 2003.
参考文献: OECD編,相原総一郎,出相泰裕,山田礼子訳『地域社会に貢献する大学』玉川大学出版部,2005.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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