福和田村
ふくわだむら
羽生田村の南東、黒川左岸に位置し、東は国谷村、南は壬生城下。東部を江川が南流する。黒川左岸の河岸段丘上に縄文時代後・晩期と弥生時代の複合遺跡である八剣遺跡があり、また円墳二二基からなる本山古墳群が存する。古くは深渡・福渡とも称したという(壬生領史略)。文禄三年(一五九四)の検地帳写(大豆生田金一郎文書)に壬生の内福渡戸村とあり、慶安郷帳にも福渡戸村とあるが、「寛文朱印留」には福和田村とみえ、この間に村名が変わったと考えられる。
福和田村
ふくわだむら
[現在地名]河原町高福
北流する千代川東岸に位置し、南は高津原村。「因幡志」に「上方街道より山手にすざりて、田の中にある小村」と記される。高津原村の分村で、正保(一六四四―四八)以後の新村として高分されないまま元禄国絵図に一村として記載された(元禄一四年「変地其外相改目録」県立博物館蔵)。天保郷帳に高津原村新田と注される。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」による高一〇六石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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