改訂新版 世界大百科事典 「竜王信仰」の意味・わかりやすい解説
竜王信仰 (りゅうおうしんこう)
竜王は古代中国における想像上の霊獣である竜の人格化した神。仏教の八大竜王の信仰とも習合している。海,河,湖に住み,天の至高神〈玉皇大帝〉の配下で雨と水をつかさどる。河竜王は河水の調節をし,海竜王は津波や潮を起こすともいわれ,漁村では海上の守護神ともされた。かつてはいたるところに竜王廟があり,または関帝廟,土地廟に合祀され,古来農村では雨乞いの対象であった。一般に雨乞いは村共同で竜王に祈願し,竜王の木や泥の像か位牌をかついで練り歩き,竜が住むとされる河辺,池,井泉に詣でた。地方によっては,像を烈日にさらす,棒で打つ,石を投げつけるなど竜王を虐待したり,池を汚濁させたり,近村から像を盗んできたり,感謝の奉納芝居を打つなどさまざまな儀礼習俗が行われた。説話に見える竜王はたいてい魚,貝,亀,蛙など〈水族〉を従えて竜宮に住み,宝物を所蔵し,娘〈竜女〉や太子がいる。竜王の子を放生(ほうじよう)して果報を得る話や竜宮女房型の話にもよく登場する。
執筆者:鈴木 健之
日本
日本では古く《日本書紀》に,〈豊玉姫まさに産せんとするに,化して竜となる〉とある。竜宮がはるかな海中にあるとされるように竜は基本的に水神としての性格を帯び,女神としての柔和さと,天にかけ登る荒々しさを兼ね備えた動物神である。しばしば蛇神と混交され,竜王あるいは竜神と呼ばれて庶民信仰や説話のなかに大きな位置を占めている。日本では水神として竜神がまつられ,雨乞いのときには竜神池の水を汲んで祈禱する例は多い。身延山久遠(くおん)寺の背後にそびえる七面山は,山頂の池が竜神の棲(すみか)とされ,干魃のおりにはこの池の水を汲んできて祈禱をするというならわしが,相当遠隔地にまでみられた。漁村でも竜神信仰は盛んで,漁業生産と関係深い浦祭,磯祭,潮祭などが行われる。仏教においても竜神は広く信仰され,八大竜王は《法華経》の守護神としてまつられる。弁才天や蛇身と混同され,卵を供えて蓄財を祈ることも行われ,その小祠は池中の小島に構えられることが多い。《法華経》提婆達多品(だいばだつたぼん)における竜女成仏の話は有名で,竜神信仰がこの説話と結びつけられる例もある。密教においても請雨経曼荼羅に竜王の姿がみられ,弘法大師(空海)が神泉苑で雨を祈ったときには善女竜王が現れたという。竜神が仏法を守護するという信仰から,梵鐘の竜頭(りゆうず)をはじめ,竜をかたどった仏具は多い。〈竜〉の字のつく地名も広く分布し,泉や池などとのかかわりをもっている。
執筆者:中尾 尭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報