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竹本政太夫(2代) たけもと まさたゆう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹本政太夫(2代) たけもと-まさたゆう

1710-1765 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
宝永7年生まれ。義太夫節。初代の弟子から養子となる。大坂雑喉場(ざこば)の商人の出で,雑喉場政太夫,西口政太夫ともいわれる。「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」を初演,竹本座全盛時代をきずいた。明和2年7月10日死去。56歳。通称は薩摩屋重兵衛。

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朝日日本歴史人物事典の解説

竹本政太夫(2代)

没年:明和2.7.10(1765.8.26)
生年:宝永7(1710)
江戸中期の義太夫節の太夫。本名薩摩屋重(十)兵衛。大坂雑喉場で魚屋を営み,のちに新町西口にも住んだので,雑喉場政太夫,西口政太夫とも呼ばれた。竹本播磨少掾門下だが初出座は34歳と遅く,寛保3(1743)年竹本座。師匠そっくりの芸で評判となる。翌延享1(1744)年の播磨少掾没後は竹本座の二段目切語りとなった。寛延1(1748)年のいわゆる「忠臣蔵騒動」で此太夫が豊竹座へ移籍したのちの宝暦期(18世紀中ごろ)竹本座で中心的存在である三段目切語りとして活躍した。師の七回忌,十三回忌,十七回忌追善興行も政太夫によって催された。師の芸風をよく伝えたうえに,恵まれた素質を生かした技巧的な芸風といわれている。

(桜井弘)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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