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細木香以 さいき こうい

美術人名辞典の解説

細木香以

幕末の俳人。可永、経を北靜盧、書を松本薫斎に学ぶ。月の本為山、晋永機に随う。狂歌名何廼舎。明治3年(1870)歿、49才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細木香以 ほそき-こうい

さいき-こうい

細木香以 さいき-こうい

1822-1870 幕末の通人,俳人。
文政5年生まれ。江戸の富商桃江園雛亀(とうこうえん-ひなかめ)の子。狂歌師,俳諧(はいかい)師,役者,力士らを庇護(ひご)し,今紀文(いまきぶん)といわれた。晩年は没落して下総(しもうさ)寒川(千葉県)にひきこもった。穂積永機の門人で,永機編「香以居士(こじ)発句」がある。明治3年9月10日死去。49歳。名は鱗。字(あざな)は冷和。通称は摂津国屋(つのくにや)藤次郎(2代)。別号に梅の本,梅阿弥。

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朝日日本歴史人物事典の解説

細木香以

没年:明治3.9.10(1870.10.4)
生年:文政5(1822)
幕末期の江戸の通人。名は鱗,字は冷和,通称は摂津国屋藤次郎(2代目)。一鱗堂と号し,俳号を仙塢,狂名を桃江園,鶴の門雛亀といった。新橋山城河岸の酒屋摂津国屋藤次郎竜池の子。儒学を北静廬に,書を松本董斎に,俳諧を鳳朗,逸淵に学び,関為山から「梅の本」の称を受けた。俳諧師の善哉庵永機・冬映,役者の9代目市川団十郎,狂言作者の河竹黙阿弥,合巻作者の柳亭種員,そのほか,書家,画工,関取などと広く交わり,大通をもってきこえ今紀文と称された。ついに家産を失い,晩年は千葉の寒川に逼塞し,49歳で没した。香以を題材にしたものに仮名垣魯文『再来紀文廓花街』,芥川竜之介『孤独地獄』,森鴎外『細木香以』がある。<参考文献>森銑三『細木香以』(『森銑三著作集続編』3巻)

(園田豊)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

さいきこうい【細木香以】

1822‐70(文政5‐明治3)
幕末の通人。江戸生れ。通称津国屋(つのくにや)藤次郎。新橋山城河岸の酒屋の主人で,天保年間(1830‐44)ごろから,為永春水人情本津藤の名で登場する父竜池とともに文人,俳優,俳諧師,狂言作者のパトロンとして評判をとった。その取巻きには,仮名垣魯文,9世団十郎,河竹黙阿弥らがいる。晩年は没落して不遇のうちに没した。魯文の《再来紀文廓花街(いまきぶんくるわのはなみち)》,森鷗外の《細木香以》などの伝記がある。

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大辞林 第三版の解説

ほそきこうい【細木香以】

1822~1870) 幕末の富商。通称、津国屋つのくにや藤次郎。江戸山城河岸に住む。文人・役者の保護者として有名。仮名垣魯文の「再来紀文いまきぶん廓花街」、森鷗外の「細木香以」などの伝記がある。

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