縛られたプロメテウス(読み)しばられたプロメテウス(その他表記)Promētheus Desmōtēs

改訂新版 世界大百科事典 「縛られたプロメテウス」の意味・わかりやすい解説

縛られたプロメテウス (しばられたプロメテウス)
Promētheus Desmōtēs

アイスキュロス作のギリシア悲劇。制作,上演年代不詳。巨人神プロメテウスは人間に火を与えたかどで主神ゼウスの怒りをかい,スキュティアの岩山に縛られるが,自己の正義を主張し毅然としてゼウスの暴力に反抗する。そのため彼に同情を寄せる合唱隊,オケアノスの娘らとともに奈落に突き落とされる。彼が〈人間の持つ技術(テクネー)は皆プロメテウスの贈物たるを知れ〉と誇らかに言うせりふはことに有名である。この悲劇は,現存していない《解かれたプロメテウス》《火を運ぶプロメテウス》とともに〈プロメテイア三部作〉を構成,その第1部であったと考えられる。この悲劇の韻律措辞,そして特に非道な神として描かれているゼウス像をめぐって,これがアイスキュロスの真作かどうかの久しい議論があり,現在も決着をみたとは言いがたい。ゼウス像については,この悲劇がアイスキュロスの真作だとする立場から,第2部でこの神が他の現存作品に描かれたような正義の神に発展を遂げ,その結果プロメテウスとの間に和解が成立したとする有力な説がある。少なくともこの作品の宇宙大のスケールは,真にアイスキュロス的というにふさわしいものである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「縛られたプロメテウス」の意味・わかりやすい解説

縛られたプロメテウス
しばられたぷろめてうす
Prometheus Desmotes

古代ギリシアの大悲劇詩人アイスキロスの悲劇。上演年代は不明。近代のヨーロッパ文学でもしばしば取り上げられたプロメテウス神話を素材にしている。クロノスとティタンたちとの戦いに勝って世界の支配権を握ったゼウスは人類を滅ぼそうとするが、これを憐(あわ)れんだプロメテウスが人間に火を与えて滅亡から救った。ゼウスはプロメテウスの博愛的行為に怒って彼を岩山に縛り付ける場面から舞台が始まる。合唱隊との対話、オケアノスとの対話を通して、プロメテウスは現在の自分が受けている不当な屈辱を訴える一方、ゼウスの暴虐非道を非難する。そののち、暴君ゼウスの第二の犠牲者として乙女イオが半狂乱の姿で現れ、ゼウスの専横がいっそうあからさまに示される。最後には、プロメテウスはゼウスの脅迫にも屈せず、その抵抗の姿勢を貫き、タルタロス谷底に投げ込まれる。この作品は、プロメテウスの人間への好意とゼウスの専制横暴とを対立的に描き、プロメテウスの反抗の姿は多くの人々の共感をよんでいるが、アイスキロスの他の作品にみられる正義を守るゼウスへの敬虔(けいけん)な信仰とは相いれない面もあり、いろいろと問題を含んでいる。『解放されるプロメテウス』はこれに続く作品。『火をもたらすプロメテウス』がこの「プロメテウス三部作」のなかで第1作か第3作になるのかは不明。この2作は断片のみが伝わっている。

[橋本隆夫]

『呉茂一他訳『ギリシア悲劇全集Ⅰ 縛られたプロメーテウス・オレステイア三部作・テーバイに向かう七将』(1960・人文書院)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「縛られたプロメテウス」の意味・わかりやすい解説

縛られたプロメテウス
しばられたプロメテウス
Promētheus Desmōtēs

ギリシアの劇詩人アイスキュロスの悲劇。失われた『解放されるプロメテウス』 Promētheus Lȳomenos,『火を運ぶプロメテウス』 Promētheus Pyrphorosとともに3部作をなしていたという説もある。前 468年以後成立。天上の火を盗んで人類に与えたプロメテウスはゼウスの怒りに触れて,スキュチアの山上の岩に縛りつけられる。大洋神オケアノスの娘たちが同情して慰め,オケアノス自身も降伏をすすめるが,自分の正しさと将来の自由とゼウスの運命を知るプロメテウスは応じない。そこへゼウスに犯されて,ヘラによって雌牛に変えられたイオがさまよい現れる。プロメテウスは彼女に目指すべき国と未来の救いを教える。ゼウスはヘルメスをつかわして,自分の支配にかかわる重大な秘密を聞き出そうとするが,プロメテウスが応じないので,大洋神の娘たちともども奈落の底に突落す。『解放されるプロメテウス』の断片は3万年ののちに行われたゼウスとプロメテウスの和解を描いている。

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世界大百科事典(旧版)内の縛られたプロメテウスの言及

【アイスキュロス】より

…それを迎え撃つ王は,これを父ののろいによるものと信じて兄弟相討ちの死を遂げるために第7の門に向かう。《縛られたプロメテウス》は《解放されるプロメテウス》《火をもたらすプロメテウス》と続く三部作の最初のものとされ,神々が独占していた火を人類に与えた罪で岩山に磔(はりつけ)にされた神の苦難を描く。《救いを求める女たち》は,1952年発表のパピルス資料により前463年ころのものと考えられる。…

【ギリシア演劇】より

…このような視点と題材処理の手法は,同じ素材を扱う悲劇詩人との対比において明瞭にされよう。 例えばアイスキュロスの悲劇《縛られたプロメテウス》では,火の神プロメテウスはやむにやまれぬ人間愛に促され,天上の火を盗み人間に与え,技術を授け,文明世界の創造のために己が身を犠牲にする崇高な英雄として扱われている。しかし同時代の喜劇詩人エピカルモスは,プロメテウスを大盗人にしたて,人間も何を盗まれるかと戦々恐々としている様を語っている。…

【プロメテウス】より

…この肝臓は夜の間に元どおりになるので,彼の苦痛は絶えることがなかったが,のち英雄ヘラクレスに解放されたという。このほか,彼は粘土から人間を創造したとの伝承もあり,またアイスキュロスの悲劇《縛られたプロメテウス》では,天文,数,文字など,さまざまの技術を人間に教えた恩人とされている。彼を主題とした近代の文学作品では,イギリスの詩人シェリーの《プロミーシュース解縛》(1820),フランスの作家ジッドの《鎖を解かれたプロメテ》(1899)などが有名。…

※「縛られたプロメテウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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