古代ギリシア人の最高の女神。結婚と出産をつかさどり,既婚女性の守護神。ゼウスの妃で,その名は〈貴婦人〉の意。ローマ人からはユピテルの妃のユノと同一視された。もともとはギリシア先住民族の有力な女神で,遅れてギリシアの地に侵入したギリシア人によって,みずからの主神ゼウスの正妻の地位に据えられたものらしい。神話ではクロノスとレアの娘とされ,弟ゼウスの妻となって鍛冶の神ヘファイストス,軍神アレス,お産の女神エイレイテュイア,青春の女神ヘーベーを生んだ。しかしゼウスが権高で口やかましい妻の目を盗んで次々と浮気を重ねたため,彼女は嫉妬心をもやして,セメレとその子のディオニュソス,アルクメネとその子のヘラクレスなど,夫の数多い愛人やその子どもたちを迫害した。彼女はまたアフロディテ,アテナ両女神と美を競ったものの,トロイア王子パリスの審判で敗れたため,やがて起こったトロイア戦争で終始トロイア方に敵対したばかりか,トロイア陥落後,新しい祖国を求めて旅立ったローマ建国の祖アエネアスをも迫害しつづけたという。
彼女の崇拝地としてはペロポネソス半島のアルゴスとイオニア地方のサモス島が名高く,両所では彼女は町の守護神でもあった。またアルゴス,サモスを含むいくつかの土地では,ゼウスとヘラの結婚を記念する〈聖婚hieros gamos〉の儀式が行われ,ボイオティア地方のプラタイアイのそれは,オークの木で作られ,花嫁に付き添う乙女とともに荷車でキタイロン山に運ばれるヘラの神像の名からダイダラDaidala祭と呼ばれていた。美術作品では,ポリュクレイトス(前5世紀後半)作のアルゴスのヘライオンHēraion(ヘラ神殿)の本尊,冠をいただき,一方の手にザクロ,他方にカッコウのとまった笏をもつ巨大なヘラの座像が有名であったが,いまではアルゴスの貨幣の図柄に往時の面影をとどめるにすぎない。彼女の聖獣は雌牛,のちには孔雀が聖鳥とされた。
執筆者:水谷 智洋
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ギリシア神話で、女性、結婚、家庭生活の守護神であり、またゼウスの正妻で神々の女王。ローマ神話ではユノと同一視される。ティタン神クロノスとレアの娘で、弟のゼウスの妻となり、アレス、エイレイテイア(産の女神)、ヘベを生んだが、さらにゼウスが妻の手を借りずにアテネを生んだのに対抗し、独力でヘファイストスを生んだ。神話のなかでは、つねに夫の愛人を迫害する嫉妬(しっと)深い妻として現れる。レトがゼウスの子アポロンとアルテミスを生もうとするときには、すべての国や島にお産の場を提供することを禁じ、エイレイテイアにも助産に行かせなかった。また夫がイオを愛したときには、牛に変身したイオに百眼の怪物アルゴスを監視につけ、虻(あぶ)を放って悩乱させた。このほかゼウスとアルクメネの子ヘラクレスを一生迫害し続けたり、ディオニソスの母となったセメレに対し「忍んでくる男がゼウスである証拠を見せてもらいなさい」と唆(そそのか)して、セメレが雷火に撃たれて死ぬように仕向けたりした。
一方、ヘラはアルゴ船の乗組員、ことにイアソンを庇護(ひご)すること篤(あつ)く、トロヤ戦争ではギリシア方に味方した。彼女はアルゴス地方に崇拝の中心地をもつ大女神であったが、やがて新来のギリシア人の主神の配偶者にされたらしい。アルカディアでは「童女」「妻」「寡婦」なる三つの称号で崇拝され、またアルゴスの泉で沐浴(もくよく)しては毎年処女性を更新したとも伝えられるが、これらは女性の守り神としての性格を示している。ゼウスとヘラの神聖婚の模擬儀礼も各地で行われた。
[中務哲郎]
竹、木、金属などで、用途によって細長く、薄く、平らにつくり、先端をとがらせるか、または丸みをつけた道具。糊(のり)、漆、絵の具、陶土などを、こねたり、塗ったり、形づけするのに用いる。そのほか、小紋、長板中形、型友禅などの捺染(なっせん)用具としても使われる。長板に反物を張り伸ばし、その上に型紙をのせ、上から駒(こま)べら、出刃べらで防染糊や色糊をつける。
和裁用具としては、綿布や麻布に印をつけるのに用い、象牙(ぞうげ)、角(つの)、骨、合成樹脂製がある。長さは10~13センチメートル、幅2~3センチメートルの握りやすい大きさで、厚さは3ミリメートル内外、先端の印をつける個所は半円形で1ミリメートル内外の薄さにし、滑らかにつくってある。このへらは、古く公家(くげ)社会の女性の化粧道具の一つで、象牙でつくられ眉(まゆ)を描くのに用いられていた。これが江戸時代に綿入れ長着の衽(おくみ)の褄(つま)の印つけに使われるようになった。へらという名称が一般的となったのは明治以後のことである。印つけの方法は、袖(そで)の丸みなどは通しべらにするが、直線縫いの印は、和服地を傷めないように1~2センチメートルの長さで、15~20センチメートル間隔につける。印のつけにくい絹、薄地毛織物には先端の丸いこてを用いて焼きべらをする。さらに印がつけにくい厚地毛織物、熱に弱い合繊地には、へらのかわりに糸印(いとじるし)の方法を用いる。
[岡野和子]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
ギリシア神話のゼウスの妻。先住民の信仰に由来する。ゼウスとヘラの不和・嫉妬は,ギリシア人と先住民の宗教上の葛藤の反映である。結婚と女性の性生活をつかさどり,崇拝の中心地はアルゴスとサモス。
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…中国では主婦たる姑は,鍵をいつ嫁に渡してもさしつかえなく,またいつまで持っていてもさしつかえなかった。日本では,主婦の地位は鍵ではなくて〈しゃもじ〉〈へら〉で象徴され,主婦はそれをいつまで持っていてもさしつかえなかったのは中国と同様である。中国では鍵をにぎっている主婦は,日常の家事に関するかぎり,任意に取引もすれば,機織から煮たきまで日常の家事いっさいを切りまわし,家族を指図した。…
…汁しゃくしは必ずくぼみを必要とするが,飯しゃくしは平らな木片でもまにあう。飯しゃくしを〈へら〉〈めしべら〉と呼ぶ地域が多いのは,そのためであろう。汁しゃくしの方は〈おたまじゃくし〉〈かいじゃくし〉などと呼ばれ,木製,金属製などのほか,ホタテガイなどの貝殻に柄をつけたものも用いられる。…
…ギリシア神話で,アルゴスのヘラ女神の女神官。彼女の父イナコスはアルゴスの初代の王とも川の神ともいわれる。…
…ギリシア神話の虹(にじ)の女神,また神々(とりわけゼウスの妃ヘラ)の使者。美術作品では,通例,使者のつえを手にし,有翼の姿で表される。…
…これを前から見ると日輪のようであり,あるいは星をちりばめた空のようである。それゆえに,古代ギリシアでは天空神ゼウスの妻ヘラの聖鳥とされた。また,全身に目をもつ怪物アルゴスは,死んでクジャクに変身したとも,ヘラがその目をクジャクの尾羽にちりばめたとも伝えられる。…
…この〈雲楯〉をゼウスは,彼より前に世界を支配していた神々のティタンたちと戦ったときに,自分がその乳で養われた牝山羊アマルテイアの皮を剝いで造ったといわれる。ゼウスはまたあるとき,彼の妃のヘラに,ゼウスによって天上に住むことを許されていた英雄のイクシオンが恋慕し,人間の身で非道にも神々の女王を犯そうとすると,雲でヘラとそっくりの姿を造り,イクシオンにこの雲ネフェレNephelēを抱かせた。そして妊娠したネフェレから生まれたのが,上半身が人間で下半身が馬の好色で乱暴な怪物ケンタウロスたちであるという。…
… 神話では,彼はゼウスとテーバイ王カドモスの娘セメレSemelēの子とされ,人間の女を母とする彼がオリュンポスの神々の列に加わるまでの経緯が次のように語られる。ゼウスに愛されて子を宿したセメレは,これを嫉妬(しつと)したゼウスの妃ヘラに欺かれ,雷電をもつゼウスに神本来の姿で訪れるよう願ったため,その雷にうたれて焼け死んだが,ゼウスは彼女の胎内から嬰児(えいじ)を取り出し,みずからの腿(もも)に縫い込んで月満ちるのを待った。こうして誕生したディオニュソスは,まずカドモスの娘イノInōに託された。…
…ローマ神話のウルカヌスVulcanus(英語ではバルカンVulcan)にあたる。ホメロスによれば,ゼウスとその妃ヘラの子。しかしヘシオドスの《神統記》によれば,独力で女神アテナをもうけたゼウスに対抗して,ヘラがひとりで生んだ子。…
…ギリシア伝説における最大の英雄。その名は〈ヘラ女神の栄光〉の意。ラテン名ヘルクレスHercules。…
…ユピテルの妃。ギリシア神話のゼウスの妃ヘラと同一視された。彼女はもともと女性の結婚生活と密接な関係をもつ女神で,広く女性の崇拝を集めていたが,しだいに職能を発展させ,ついにはレギナRegina(〈女王〉)の称号の下に,ユピテル,ミネルウァと並んでローマ市のカピトリウム丘のユピテル神殿にまつられる国家的大女神となった。…
…【浅野 義人】
【象徴,伝承】
バラとならんでユリは古くから多くの国で知られていた。ギリシア神話によると,アルクメネは夫の留守にゼウスとひそかに契り,ヘラクレスを生む。ゼウスの妃ヘラは夫の不実を知り,そのためこの子を憎んだ。…
※「ヘラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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