日本大百科全書(ニッポニカ) 「肉料理」の意味・わかりやすい解説
肉料理
にくりょうり
家畜および野生の動物、とくに獣肉を材料とした料理。食用にできる肉類は非常に多いが、種保存の面から野生のものはかなり規制が強い。このため、元来は野生であったものも、家畜なみに飼いならして食用にしているものが多くなっている(イノシシ、シカなど)。
[河野友美]
歴史
肉食の歴史はかなり古く、人類がウサギなどの小動物をとらえることができるようになったころから始まったと考えることができる。現在でも、原始生活に近い環境にある人々は、タンパク質源として、野生のネズミやウサギを捕獲し、焼いて料理するケースがみられる。肉が食用として安定した供給が行われるようになるまでは、ただ焼くといったことや煮込むといったことが主であったとみられる。とくに肉食は、ほかにタンパク質源が求めにくい場合、生存のための重要なものであり、それに伴って発展した肉料理は、主要な料理としての位置を確立していったと思われる。
家畜としての肉が供給されるようになった歴史は判然としないが、古代エジプトで家畜が飼育されていたことは間違いないようである。ピラミッドの壁画に、紀元前3000年ごろからウシやウマの肉を食べているようすが描かれている。おそらく、このころから料理としての肉料理がはっきりしてきたと考えられる。『旧約聖書』の「創世記」にはシカの肉のことが出ている。イサクが死ぬ前にシカの肉のおいしい料理が食べたいといい、長男のエサウがシカを狩りに行っている間に、弟のヤコブはヤギの子の料理をつくり、シカの肉だといって父をだまして食べさせたということが書かれている。ローマ時代になると、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタなどの肉料理も登場してくる。中世以降、近代社会に入るとともに、肉料理にもさらにくふうが凝らされ、組合せを重視した料理が発展した。タンパク質源から、芸術的なムードをもった肉料理になったともいえる。一方、近代文明社会は、人々に多忙な生活を強いるようになり、その結果ファストフードといわれる肉料理、たとえばハンバーガーやホットドッグなど、簡便に食べられるものが普及するようになった。
日本では、縄文時代の貝塚から、ウサギ、イノシシ、シカ、クマ、キツネ、タヌキあるいは海獣の骨が発見され、魚貝や鳥類のほか獣肉も食用にされていたことがわかる。しかし仏教の伝来とともに殺生・肉食禁止の思想も伝わり、天武(てんむ)天皇は、675年、牛馬犬猿鶏の宍(しし)(肉)を食べることを禁じ、もしこれを犯せば罪に処すべきことを定めた。以後、明治に至るまで、日本では公然と肉食をすることははばかられるようになった。しかし「薬猟(くすりがり)」と称してシカやイノシシを狩り養生食とすることが行われ、『万葉集』にもこれを歌った長歌がある。また古代の貢納品のなかにも、猪油、猪鮨(いすし)、鹿鮨(しかすし)、あるいは干肉(脯(ほしし)、腊(きたい))などが定められている。16世紀後半、南蛮人の渡来によって肉料理が伝えられたが、日本人の禁忌の習慣は変わらず、江戸時代の鎖国期を経て明治に至るまで肉食の忌避は続いた。江戸時代にも、「薬喰(くすりぐい)」として獣肉をひそかに食べることは行われており、文政(ぶんせい)期(1818~1830)には江戸の両国、麹町平河(こうじまちひらかわ)町などに「ももんじいや」という獣肉店が現れ、ウシ、ウマ、シカ、イノシシ、クマ、タヌキ、オオカミなどの肉を公然と売るようになった。しかし庶民の多くは獣肉を食べることを忌み嫌い、明治の文明開化期に牛鍋(ぎゅうなべ)が盛行するに至って初めて肉食は一般庶民の間に広まっていったのである。牛鍋あるいは「すき焼き」の形で取り入れられた肉料理であったが、日常の料理に肉類が毎日のように使われるようになったのは、1960年代以降のことといってよいだろう。
[河野友美]
食肉
食肉として一般的なものはウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギで、日本では法的に指定された場所で検査、処理が必要である。また、伝染のおそれ(たとえば口蹄疫(こうていえき))のある家畜のいる国からは、食肉の輸入ができない。これ以外の食肉としては、ウサギ、イノシシ、シカなどが食べられている。
食肉の成分は、主としてタンパク質が多く、ついで脂肪であるが、ロース、バラなどのように、部位によっては脂肪のほうが多いものもある。タンパク質はアミノ酸価の高い良質のものである。脂肪分は飽和脂肪が多く、コレステロールの含量も比較的高い。したがって脂身に偏って食することは、健康上好ましくない。なお豚肉のみビタミンB1が多い。肉色は一般に赤色のものが多いが、豚肉はやや白っぽい。また家畜の年齢、肉の熟成期間、肉にしてからの日数などでかなり差がある。初めは鮮明な赤色をしていても、空気に触れる期間が長くなると褐色がかってくる。肉色はミオグロビンが主体で、これにヘモグロビンなどの色が混じっている。この色素類が酸化や加熱でメトミオグロビンになると褐色がかってくる。肉のうま味は、肉中のアミノ酸類、および核酸の5'-イノシン酸が主体で、脂肪分のうま味が加わる。処理直後より、熟成させてからのほうがうま味が出るのは、アミノ酸類や5'-イノシン酸などが肉中の酵素作用によって増加するからである。ただし、豚肉は熟成による味の増加はあまりない。冷凍肉は熟成が十分にできないため、うま味が少ない。それゆえ輸入品では、低温で輸送中に熟成も兼ねるチルドとよばれる方法の保存が好まれている。
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衛生
寄生虫あるいは人体に危険な伝染病をもった肉類などを除くために、前述の5種の肉類には検査後処理が定められている。寄生虫では条虫(じょうちゅう)類が主で、豚肉や牛肉の一部にみられる。ブタでは有鉤(ゆうこう)条虫、ウシでは無鉤条虫の中間宿主(しゅくしゅ)となる。また、ブタにはトキソプラスマ原虫や、炭疽(たんそ)などの病原菌に感染しているものがあり、サルモネラ菌のついていることもある。多くは検査の際に発見され、一般には出回らない仕組みになっている。万一出回っても加熱を十分にすれば安心であるが、豚肉には寄生虫や病原菌の心配が多いので、生食は避け、十分火を通すとともに、豚肉を切った包丁やまな板はよく洗ってから他の食品を切るように心がける。最近は、薄切りや部位別にカットする場合に、細菌汚染の少ない無菌室で行うとか、手を触れないでパックするなどの方法もとられ、冷蔵庫の普及とともに保存性もよくなっている。肉類の輸入増加に伴い、鳥インフルエンザ、牛海綿状脳症(BSE)といった伝染性の病気、飼料や動物用医薬品の安全性など、国際的な監視、規制が重要になっている。
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調理
肉類はタンパク質が繊維状に通っているので、料理の目的によって切り方を考える必要がある。繊維に対して直角に切るようにすると、食べたとき歯切れがよい。しかし、細く切って炒(いた)めるようなときは、繊維の方向に切ったほうがばらばらになりにくい。下ごしらえは、ステーキのように簡単に塩、こしょうをふるものから、香辛料を使用したたれに浸してから調理するもの、加熱したあと煮込むものなど、さまざまである。加熱は、柔らかい部分は加熱しすぎると固くなって口あたりがよくない。とくにビーフステーキやローストビーフでは、中が薄いピンク色程度の加熱で止めるほうが口あたりや味のよいものができる。しかし、豚肉や野生の動物の肉は、十分加熱するほうが安全である。肉の筋(すじ)などの固い部分は硬タンパク質とよばれ、長時間煮るとゼラチン化してうま味が出るとともに口あたりが柔らかくなる。
調味料は、できあがった料理に使うものとしては、ソース類がある。ドミグラスソース、タルタルソース、トマトソース、からし、しょうゆなど、いろいろくふうすると独得の料理ができる。また下処理や料理の仕上げのときに使うものとしては、洋風にはワイン類、とくにシェリー酒など、和風には清酒、みりんなど、中国料理には紹興酒(シャオシンチウ/しょうこうしゅ)などがある。このほか、ラム酒、ブランデーなどの蒸留酒、各種のリキュール、ビールなども用いられる。香辛料は肉料理にとっては必需品で、まったく香辛料なしの料理はないといえる。種類も多く、各国で特徴のある使い方が行われ、比較的共通しているのはこしょうくらいである。
[河野友美]
器具
肉を柔らかくたたくミートテンドライザー(肉たたき)、ひき肉をつくる肉ひき器、薄く肉を切るスライサー、調理の際加熱するためのオーブン、蒸し器、ブロセット(串(くし))、揚げ物網など、肉料理専門の器具がある。このほか、器具ではないが、パパイアからとったパパイン酵素を使い、固い肉を柔らかくする方法も一部では行われている。これもミートテンドライザーとよぶ。
[河野友美]
『日本コンサルタントグループ編・刊『精肉234――生鮮単品マニュアル』(1992)』▽『河野友美編『新・食品事典2 肉・乳・卵』(1999・真珠書院)』