イノシン酸(読み)いのしんさん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「イノシン酸」の意味・わかりやすい解説

イノシン酸
いのしんさん

生物体内に存在する化学物質で、イノシン一リン酸inosine monophosphateともいい、IMPと略記する。アデニンが脱アミノされた化合物であるヒポキサンチンリボース、リン酸各1分子によって構成される一種プリンヌクレオチドである。リン酸のリボースへの結合位置によって2'-、3'-、5'-の3種の異性体があるが、2'-イノシン酸および3'-イノシン酸は生体内に単独では存在しない。生体内で重要な働きをしているのは5'-イノシン酸である。重要なプリンヌクレオチドである5'-アデニル酸、5'-グアニル酸は、5'-イノシン酸を経て生合成される。またADP(アデノシン二リン酸)、ATPアデノシン三リン酸)は5'-アデニル酸からつくられるので、5'-イノシン酸はADP、ATPの前駆物質ともいえる。このように5'-イノシン酸は、核酸補酵素、ATPなどを合成するための重要な素材である。核酸のなかでは転移RNAの特定の位置にイノシン酸残基があり、重要な役割を果たしている。

[笠井献一]

調味料としての利用

5'-イノシン酸は肉類うま味の主成分で、鳥肉畜肉水産の硬骨動物の筋肉中に0.1~0.2%含まれる。筋肉中には、もともと5'-アデニル酸が多量に含まれているが、動物の死後酵素の働きによって5'-イノシン酸に変化する。そこで少し古くなった肉には5'-イノシン酸が多量に含まれる。かつお節の味の主成分は、こうして生成した5'-イノシン酸である。

 2'-イノシン酸と3'-イノシン酸にはほとんど味がない。生体内で重要な働きをしている5'-イノシン酸に構造は似ているがそれほど重要でないこれらの異性体と5'-イノシン酸とを、舌が味覚によって区別できるというのは興味深いことである。

[笠井献一]

 イノシン酸は1847年ドイツの化学者J・v・リービヒが肉エキス抽出物から発見した化合物で、1913年(大正2)小玉新太郎がかつお節のうま味成分の一つとして、イノシン酸のヒスチジン塩がうま味をもつ物質であることを発見した。その後、うま味成分はヒスチジンとは関係なく、イノシン酸そのものにあることがわかり、1959年(昭和34)国中明(くになかあきら)がヌクレオチドの化学構造と呈味性との関係を調べて、イノシン酸はグルタミン酸と共存することで、飛躍的にうま味が増強されることを発見した。以後、イノシン酸の化学的製造の完成とともに、ナトリウム塩のイノシン酸ナトリウム(5'-IMP)が核酸系調味料の一つとして利用されるようになった。通常は、グルタミン酸ナトリウムと混合された複合調味料が市販されている。製法は、酵母より核酸を抽出し、これに微生物から取り出した酵素を作用させて5'-アデニル酸をつくり、酵素処理によって5'-イノシン酸にする方法と、糖類を原料に、発酵法により製造する方法とがある。

[河野友美・山口米子]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イノシン酸」の意味・わかりやすい解説

イノシン酸
イノシンさん
inosinic acid

略称 IMP (イノシン一リン酸) 。イノシンのリン酸エステルであるが,通常,イノシン- 5' -リン酸をさす (分子式 C10H13N4O8P ) 。核酸成分には普通は含まれないが,転移リボ核酸には微量に存在する。遊離の 5' -IMPはヌクレオチドの代謝中間物として重要であり,アデニル酸やグアニル酸も IMPからの誘導体として生合成される。また IMPは肉類やかつお節のうまみと関係があり,ナトリウム塩は調味料として市販される。肉汁エキスまたは筋肉アデニル酸を酵素で脱アミンすることによってつくる。リン酸基の位置の異なる 2' -IMPや 3' -IMPもイノシン酸と呼ぶ。

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