ヘモグロビン(読み)へもぐろびん(英語表記)hemoglobin

翻訳|hemoglobin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘモグロビン」の意味・わかりやすい解説

ヘモグロビン
へもぐろびん
hemoglobin

脊椎(せきつい)動物の赤血球中に多量に存在し、酸素を運搬する色素タンパク質で、血色素ともいい、Hbと略記される。鉄を含むポルフィリン環(ヘム)とタンパク質の一種(グロビン)、すなわちプロトヘム約4%(そのうち鉄9%、プロトポルフィリン91%)とグロビン約96%からなる。この鉄原子には酸素と可逆的に結合する能力があり、生体内では酸素運搬の役割を果たしている。ヘモグロビン1分子は4個のポリペプチド鎖からなり、それぞれのポリペプチド鎖には一つずつのヘムが含まれている。したがって、ヘモグロビン1分子には鉄原子が4個含まれ、鉄原子1個につき1分子ずつ酸素が結合する。ヘモグロビンは酸素圧の高い肺やえらで酸素を結合し、酸素圧の低い組織に達すると酸素を遊離する。ヘモグロビン分子の酸素飽和度を縦軸に、酸素の分圧を横軸にとると、S字型の酸素解離曲線を示す。これは酸素のヘモグロビンへの結合に協同性があるためで、アロステリック効果とよばれる。また、酸素の放出は水素イオン濃度(pH)が下がることによって促進されるので、炭酸ガスが多くてpHの低い末梢(まっしょう)の組織では、より酸素を遊離しやすくなっている。その炭酸ガスは血漿(けっしょう)中に溶けて肺に運ばれ、肺呼吸で体外に放出されるとpHはふたたび元に戻り、ヘモグロビンは酸素と結合するようになる。炭酸ガス分圧の増加やpHの低下により酸素とヘモグロビンの親和性が低下するのはボーア効果とよばれる。一方、筋肉中にはヘモグロビンとよく似た色素タンパク質であるミオグロビンがあり、ヘモグロビンよりも酸素との親和力が大きく、比較的酸素圧の低いところでもヘモグロビンから酸素を受け取って筋肉活動に供給している。なお、ヘモグロビンは1グラム当り1.36ミリリットルの酸素を結合するが、一酸化炭素の親和力は酸素に比べ200倍以上もあり、一酸化炭素の濃度が大であれば酸素を駆逐して酸素不足をもたらし、一酸化炭素中毒をおこす。

[若木高善]

ヘモグロビンの研究

ヘモグロビンは大きな結晶をつくるのでX線回折による研究が早く進み、イギリスのケンドルーらによって1960~1962年に一次、二次、三次、四次構造が確定された。また、ポリペプチド鎖のアミノ酸配列はヒトをはじめ、サル、ウシ、ウマ、ブタなどのヘモグロビンですでに決定されており、各種の動物にわたって共通した部分が多く、それらはヘモグロビンの活性維持にとくに重要な部分とみられ、種によって異なる部分は、進化過程に関連するものとして注目されている。さらに、立体構造と機能との関係なども明らかにされている。

[若木高善]

構造と変異株

ヒトのヘモグロビンは正常成人の場合、グロビン分子は141個のアミノ酸からなるα(アルファ)鎖2本と、146個のアミノ酸からなるβ(ベータ)鎖2本が互いに寄り添った形で四量体(4個の単量体が結び付いて1分子となった会合体)を形成している。ところが、胎児のヘモグロビンは胎内環境に有利なように、α鎖二つと、β鎖とは若干異なるγ(ガンマ)鎖とよばれる部分二つとからなる。成人の場合をヘモグロビンA、胎児の場合をヘモグロビンFとよぶ。このヘモグロビンFは出生後数日のうちにヘモグロビンAに変わるため、ヘモグロビンの合成と分解が一度におこって黄疸(おうだん)に似た症状を呈する。このようなヘモグロビンのつくりかえは、オタマジャクシがカエルに変態するときにもみられる。また、ヘモグロビンAにもいくつかの変異株(正常な遺伝子にDNAの塩基の変異を生じた個体)が知られている。たとえば、アフリカ中央部の黒人にみられる鎌(かま)形赤血球貧血症(異常血色素症)患者のヘモグロビンは、β鎖のN末端から6番目のグルタミン酸がバリンになっているだけで酸素結合能力が低く、貧血症をおこしやすくなっている。これはヘモグロビンS症ともよばれる。鎌形赤血球内ではマラリア原虫の成育が阻害されるので、この貧血症はマラリア耐性となる。このほか、β鎖のN末端から26番目のグルタミン酸がリジンに置換されたヘモグロビンE症などもあり、ヘモグロビンの機能が不十分であったり、異常であったりするものが数多く知られ、すでに世界中で250種類余の異常ヘモグロビンが発見、登録されている。このなかには、前記のような1個ないしは数個のアミノ酸の違いによるものが多く、かつ遺伝するので、原因は、遺伝子であるDNA(デオキシリボ核酸)中の数個の塩基の差によると考えられている。アメリカのポーリングは、これらのヘモグロビン異常症を分子病とよんでいる。

[若木高善]

合成

ヘモグロビンの合成は骨髄の赤芽球細胞で行われ、哺乳(ほにゅう)類の場合、成熟赤血球は核を放出してしまうため、もはやヘモグロビンは合成されなくなっている。ヘムはグリシンと酢酸だけから合成され、その後に鉄を取り込み、通常のタンパク合成でつくられたグロビンと結合してヘモグロビンになる。赤血球が崩壊するとヘモグロビンは肝臓で分解され、ポルフィリン環は胆汁色素となって排出される。なお、ヘモグロビンの寿命は約120日である。

[若木高善]

『ノーマン・マクリーン著、山上健次郎訳『ヘモグロビン』(1981・朝倉書店)』『斉藤正行ほか編『生化学実習』(1987・講談社)』『永井清保編著『基本血液病学』(1987・世界保健通信社)』『日本生化学会編『続 生化学実験講座第8巻 血液(上)』(1987・東京化学同人)』『Archie A. MacKinney, Jr. 著、柴田昭監訳『血液の病態生理』(1989・西村書店)』『山根至二著『楽しく学ぶ健康読本』(1990・三洋出版貿易)』『諏訪邦夫著『酸素はからだになぜ大切か――いつも酸素は不足している!』(1990・講談社)』『新版日本血液学全書刊行委員会編『新版 日本血液学全書・別巻 分子血液学』(1990・丸善)』『マックス・ペルツ著、林利彦・今村保忠訳『生命の第二の秘密――タンパク質の協同現象とアロステリック制御の分子機構』(1991・マグロウヒル出版)』『水上茂樹著『赤血球の生化学』(1993・東京大学出版会)』『マックス・ペルツ著、黒田玲子訳『タンパク質――立体構造と医療への応用』(1995・東京化学同人)』『中村隆雄・山本泰望編『分子生理学ノート』(1995・学会出版センター)』『John D. Hawkins著、田宮信雄・田宮徹訳『遺伝子の構造と発現』(1995・東京化学同人)』『有坂文雄著『スタンダード 生化学』(1996・裳華房)』『Robert K. Murrayほか著、上代淑人監訳『ハーパー・生化学』(1997・丸善)』『奥田拓道ほか編『病気を理解するための生理学・生化学』(1998・金芳堂)』『国立療養所東京病院看護部編著『呼吸器疾患看護ケア・マニュアル』(1999・文光堂)』『松田一郎監修、新川詔夫ほか編『医科遺伝学』(1999・南江堂)』『H・R・マシューズほか著、藤本大三郎・井上晃監訳『マシューズ生化学要論』(2000・東京化学同人)』『原野昭雄著『日本人の異常ヘモグロビン症』(2000・自然科学社)』『杉崎紀子著『身体のからくり事典』(2001・朝倉書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘモグロビン」の意味・わかりやすい解説

ヘモグロビン
hemoglobin

血色素,血球素。記号は Hb 。脊椎動物の赤血球中にある,酸素を運搬する複合蛋白質。単純蛋白質グロビンとヘムの複合体で,赤色。ヘモグロビン1分子は肺で1分子の酸素と結合して酸化ヘモグロビンとなり,末梢の酸素分圧の低いところで酸素を分離して還元ヘモグロビン HbCO2 となり,肺に戻って再び酸素と結合する。哺乳類のヘモグロビンは,分子量約6万 8000 (ヒト,ウマ) ,1分子中にヘム4個をもつ。

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