日本大百科全書(ニッポニカ) 「脱領土化」の意味・わかりやすい解説
脱領土化
だつりょうどか
déterritorialisation
フランスの哲学者ジル・ドルーズと精神科医フェリックス・ガタリが共同で提唱した主要概念の一つ。「脱領域化」「脱属領化」「脱土地化」などの訳語があてられる場合もある。「領土化(領域化、属領化、土地化)」、「再領土化(再領域化、再属領化、再土地化)」と三位一体となっているほか、「器官なき身体」「欲望する機械」「アレンジメント」など、ドルーズ=ガタリが提唱している他の概念とも参照しあう関係にあり、なかでも同じ三位一体の概念である「コード化」「超コード化」「脱コード化」とは、資本主義システム分析のなかでそれぞれ違った役割を引き受けながら、相互に深く絡まりあったものとして規定されている。
『アンチ・オイディプス』L'anti-Œdipe(1972)のなかで、ドルーズ=ガタリは人類史を「原始国家」「専制国家」「資本主義国家」の三つに分割する視点を示した。ヘーゲルの歴史観を批判的に踏まえたこの分割は、同時に大地→王の身体→貨幣・資本という権力の移行図式にも符合するものとなっており、脱領土化はこの流れにおける第三段階、すなわち、革命や共和制への移行に伴いいったん解放された権力が、貨幣・資本へと再編(再領土化)されていくまでの段階を示した。既存のマルクス主義とは明らかに異質な視点で、人間の欲望が資本主義システムの呪縛から解放されるプロセスを肯定的に解釈したこの立場は、1968年のパリ五月革命で一瞬姿を現したユートピアの本質を明らかにした思想として、論壇を騒がせたばかりでなく、多くの読者からも圧倒的な支持を受けた。この主張は、「スキゾフレニー」「ノマディズム」など他の概念と絡まりあい、多くの誤読や誤解も孕(はら)んだかたちで「ポスト構造主義」や「ポスト・モダン」を代表する言説として流布した。その熱狂は約10年後には日本にも上陸、浅田彰らのパラフレーズによって「ニュー・アカデミズム」というブームを呼び起こした。
ところで、『アンチ・オイディプス』の実践編とも呼ぶべき『千のプラトー』Mille plateaux(1980)で、ドルーズ=ガタリは数多くの文学作品や芸術作品に脱領土化のモデルを見いだした後、結論では「いったい絶対的な〈脱〉というものは存在するのだろうか」と前置きして「絶対」や「超越」といった視線を排除しつつ、「領土それ自体が、これに内部から作用する脱領土化のベクトルと不可分である」「〈脱〉領土化は相関的な再領土化と不可分である」「大地は〈脱〉の反対ではない」など、脱領土化があくまで領土化、再領土化との三位一体によって成立する相対的な概念であることを再確認している。脱領土化はけっしてシステムからの逃避を楽観的に肯定するだけの概念ではない。それは、資本主義のシステム全般を絶え間ない流動と考える際、その不可欠の一部をなす概念なのである。
[暮沢剛巳]
『ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著、市倉宏祐訳『アンチ・オイディプス――資本主義と分裂症』(1986・河出書房新社)』▽『ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著、宇野邦一ほか訳『千のプラトー――資本主義と分裂症』(1994・河出書房新社)』▽『宇野邦一『ドゥルーズ 流動の哲学』(2001・講談社)』