改訂新版 世界大百科事典 「膵島移植」の意味・わかりやすい解説
膵島移植 (すいとういしょく)
pancreatic islets transplantation
糖尿病(I型または若年型)が膵島(ランゲルハンス島)の破壊・減少に起因することから,その治療を目的としてヒトあるいは他動物から膵臓を切除,あるいは膵島を単離して移植し,膵臓の内分泌機能の回復を図るものである。これまでに兄弟・親から膵臓の提供を受けて,患者に移植手術を行い,年余にわたる成功をおさめたとの報告もある。この際,糖尿病性腎症を伴う場合には,同時に片方の腎臓移植を行う方法もとられる。しかしまだ一般に普及するまでには至っていない。その最大の理由は他人の組織(同種移植片allograft)または異種動物組織(異種移植片heterograft)を移植した場合に生ずる拒絶反応にある。また膵島を移植する部位についても,皮下,腹腔内,腎臓被膜内,脾臓あるいは肝臓内(門脈経由)など実験的に試みられているが,機能維持の面から肝臓内がよいとされる。いずれにしてもヒトにおいて実用化の段階に至るには移植免疫学の進歩に待つところが大きい。なお特殊な例として,膵癌や慢性膵炎による膵臓全摘出後の糖尿病を予防する目的で,自己の膵臓組織片あるいは単離膵島(自家移植片autograft)を移植し成功したとの報告もある。
動物実験的には,マウス,ラットあるいはイヌを用いて,ストレプトゾトシンまたはアロキサン投与糖尿病動物を作製し,同種の膵臓組織片あるいは膵島移植を行い糖尿病の改善が認められている。しかし,いずれも数週から数ヵ月以内に移植組織はリンパ球浸潤などにより破壊されるか消失し,短期的な効果しか得られていない。これに対して免疫抑制剤や抗リンパ球抗体などの生物学的免疫抑制法も有効であるが,とくにサイクロスポリンAは移植片の生着延長に有効とされる。
一方,単離膵島の凍結・冷蔵保存あるいは培養処理が移植後の生着延長に有効なことも知られている。拒絶反応を避けるために半透性合成樹脂内に膵島細胞または膵島腫瘍細胞を培養維持し,生体に埋め込む方法も試みられている。すぐれた人工膵臓が開発される可能性もあるが,理想的な膵臓内分泌機能の回復ひいては完全な糖尿病治療のためには,膵島移植は理論的に最も有効な治療手段と考えられ,実用化が当面の課題である。
→臓器移植
執筆者:河津 捷二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報