慢性膵炎(読み)マンセイスイエン

デジタル大辞泉 「慢性膵炎」の意味・読み・例文・類語

まんせい‐すいえん【慢性×膵炎】

膵臓すいぞうに繰り返し炎症が起こり、膵臓の細胞が破壊され、膵臓の機能が徐々に失われていく病気。約半数は長期にわたるアルコールの過剰摂取によると考えられ、他に、胆石症に合併する場合や、原因不明の突発性のものなどがある。腹痛・背部痛・食欲不振・体重減少などの症状があらわれ、進行すると糖尿病を発症することもある。→急性膵炎

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内科学 第10版 「慢性膵炎」の解説

慢性膵炎(膵疾患)

概念・定義
 慢性膵炎とは,「膵臓の内部に不規則な線維化,細胞浸潤,実質の脱落,肉芽組織などの慢性変化が生じ,進行すると膵外分泌,内分泌機能の低下を伴う病態である.膵内部の病理組織学的変化は,基本的には膵臓全体に存在するが,病変の程度は不均一で,分布や進行性も様々であり,多くは非可逆性である.」(日本膵臓学会慢性膵炎診断基準,2009)と定義されている.臨床的には病期により多様な症状を呈し,代償期には膵酵素逸脱を伴う腹痛が,また非代償期には膵外分泌機能不全(脂肪性下痢・るいそうなど)や膵内分泌機能不全(糖尿病)を特徴とする進行性病変である.自己免疫性膵炎と閉塞性膵炎は,治療により病態や病理所見が改善することがあり,可逆性である点より,慢性膵炎の概念とは必ずしも一致しないので,現時点では膵の慢性炎症として,別個に扱われている.
疫学
 厚生労働省研究班によるわが国における慢性膵炎の年間推定患者数は2002年の45200例,人口10万人あたり35.5人に比し2007年では47100例,人口10万人 あたり36.9人と増加の傾向を認める.男女比は1:0.26で40~50歳代に多い.一方,わが国における自己免疫性膵炎の推定患者数 は2002年894人,2009年2970人と増加している.
分類
 慢性膵炎は成因,病期,重症度などによりさまざまな病像を示す.アルコール性,非アルコール性(胆石合併,特発性など)による成因別分類以外に,臨床像から再発性膵炎型,持続痛型,無痛型に,また臨床経過から代償期,移行期,非代償期に分類されている(表8-9-3).
成因
 わが国における慢性膵炎の危険因子には喫煙と飲酒が指摘されている.エタノール換算で80 g/日(日本酒3合)以上を数年間常飲し,ほかの原因のない場合アルコール性膵炎と診断できる.成因として最も多いのは,アルコール性で67.5%を占め,次に原因不明の特発性が20.6%,胆石性は3.1%である.男性ではアルコール性が76.6%で最も多く,女性では特発性が 50.3%と最も多い.社会環境の変化,診断法の進歩などにより,アルコール性慢性膵炎が増加し,特発性と胆石性慢性膵炎が減少してきている.アルコール性膵炎が増加した原因としては,国民のアルコール消費量や飲酒者数の増加と,わが国の人口構成が変化し,高齢化が進行していることも関与していると考えられる.栄養素ではビタミンA,E,一価不飽和脂肪酸の摂取量が少ないと慢性膵炎の頻度が高くなる傾向があるが,コーヒーに関しては明らかな関連性は認められない(表8-9-4).
病理
 慢性膵炎の病理組織学的所見は膵実質の脱落と脂肪変性,炎症性細胞の浸潤,蛋白栓を伴う膵管系の不整拡張,小膵管の増生・集簇,膵管上皮の化生,仮性囊胞,膵石などを認める(図8-9-6).蛋白栓はチモーゲン顆粒内の蛋白,赤血球,脱落小膵管上皮,膵管上皮由来のムコ蛋白などよりなり,Ca2+が沈着すると膵石となる.
病態生理
 進行の軽度な代償期では,膵機能は比較的保たれており,血・尿中の膵酵素上昇を伴う上腹部痛や背部痛が主症状である.進行すると膵組織は破壊荒廃するため,むしろ疼痛は軽減し,血中膵酵素上昇がみられなくなる反面,膵外分泌機能低下による消化吸収障害や内分泌機能低下による糖代謝障害が出現する.
1)代償期:
血中あるいは尿中膵酵素の上昇と腹痛発作を認める急性再燃期と症状の軽快した間欠期とに分かれる.慢性膵炎ではまず炭酸水素塩の分泌低下が起こり,小腸内pHが低下し,トリプシンリパーゼなどの膵酵素の活性化障害,胆汁酸の析出やミセル形成障害が起こり,徐々に脂肪や蛋白の消化障害が起こる.腹痛の性状はさまざまであるが,一般に頑固で難治性である.痛みの出現部位は心窩部~左季肋部を中心に,左背部~左肩へ放散することも多い.腹痛の発症機序として①膵管内圧の上昇,②組織内圧の上昇による膵被膜の伸展,③膵実質内あるいは膵管周囲に分布する疼痛知覚神経線維への炎症の波及,④乳頭括約筋の攣縮などがあげられる.
2)移行期:
代償期と非代償期との中間であり,それぞれの症状が種々の程度にみられる.
3)非代償期:
膵実質の荒廃が進むと膵酵素の合成・分泌不全となり,炎症に起因する疼痛は軽減~消失する.膵外分泌不全に続き膵内分泌能不全も加わり,脂肪下痢や膵性糖尿病を合併する.5 g/日以上の糞便中脂肪を認める場合を脂肪便と診断するが,膵実質の90%以上の障害で生じる.慢性膵炎での糖尿病の合併率は約50%であり,アルコール性膵炎に最も多い.膵石を合併すると70%ほどの高率になる.慢性膵炎が進行し,膵外分泌組織の線維化が高度になるとLangerhans島が破壊され,インスリンを分泌するβ細胞が減少し,糖尿病(膵性糖尿病)が発症する.膵性糖尿病は一次性糖尿病と同じ症状を呈し,糖尿病に伴う合併症も同程度といわれるが,高脂血症の合併率は低い.インスリンを分泌するβ細胞だけではなく,グルカゴンを分泌するα細胞も減少しており,低血糖やケトアシドーシスになりやすい.
検査成績
1)血液検査:
慢性膵炎増悪時には急性膵炎と同様に膵組織障害により血中に膵酵素(アミラーゼ,リパーゼ,トリプシン,エラスターゼ1,膵ホスホリパーゼA2(PLA2)など)が逸脱するため,血中濃度が上昇することが多いが,非発作時の血中濃度との比較が重要である.慢性膵炎の非代償期にはむしろ血中膵酵素の低値を認めることが多い.
2)膵画像検査:
腹部超音波検査(ultrasonography:US),コンピュータ画像診断検査(computed tomography:CT),核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging:MRI)による胆管膵管像(magnetic resonance cholangio-pancreatography:MRCP),内視鏡的逆行性胆道膵管造影(endoscopic retrograde cholangio-pancreatography:ERCP)などで,膵管拡張や膵管内の蛋白栓,膵石などが認められる(図8-9-7).
3)膵外分泌機能検査:
十二指腸ゾンデを用いて膵液を採取する有管法と無管法があるが,膵外分泌刺激の試薬の入手が困難であるため,いまでは無管法が施行されている. 膵酵素活性や濃度を測定する方法(直接法)と食事成分や試薬などを経口投与し,膵酵素による代謝産物の動態を糞便,尿,血中,呼気などより測定する方法(間接法)がある.前者には便中キモトリプシン活性,便中エラスターゼ1濃度測定法などがある.後者には糞便中の脂肪測定(Sudan染色,ガスクロマトグラフィ,近赤外線分光法など),BT-PABA試験(キモトリプシンにより分解されるN-benzoyl-l-tyrosyl-p-aminobenzoic acid:BT-PABAの服用後,PABAの尿中排泄率を測定),パンクレオラウリル試験(膵特異的コレステロールエステルヒドラーゼにより分解されるフルオレセインジラウレートの服用後,フルオレセインの尿中排泄率を測定),呼気試験(安定同位体13C標識トリオレインや中性脂肪の経口摂取後の呼気中13CO2測定)などがある.
診断
 US,CT,MRCP,ERCPなどの膵画像所見,膵外分泌能試験,病理組織などより総合的に診断する.わが国では早期慢性膵炎を取り入れた慢性膵炎臨床診断基準(日本膵臓学会2011年)(表8-9-5)が使用されている.
合併症(表8-9-6)
 慢性膵炎に伴う合併症には膵内合併症と膵外合併症がある.前者には膵石,膵仮性囊胞,膿瘍,膵内出血や膵癌などがあり,後者には胸水・腹水,肝胆道障害,消化管出血などがある.慢性膵炎,ことに膵石症は膵癌の危険因子とされるため,注意して経過観察をすべきである.
治療
 腹痛をはじめとする症状の改善,発症原因の除去,再燃の予防と進行の阻止,膵内外分泌不全に対する補充療法に要約されるが,各病期により治療法や日常生活における注意点は異なる(図8-9-8).
1)代償期の治療:
腹痛を中心とする症状に対する対策と日常生活の管理が中心となる.腹痛には抗コリン薬・鎮痙薬,蛋白分解酵素阻害薬や消化酵素薬の投与,また膵石による膵液のうっ滞を改善する目的で,内視鏡的あるいは体外衝撃波結石破砕療法(extracorporeal shock wave lithotripsy:ESWL),膵管ステントの挿入などが試みられている.仮性膵囊胞に対しては,体外あるいは内視鏡的ドレナージ術も試みられている.保存的治療にても腹痛が継続する場合,囊胞内出血や膿瘍,膵内外分泌機能の温存を期待して外科的ドレナージ術が行われることがある.
2)非代償期の治療:
腹痛などの症状は軽減し,消化吸収不良および糖代謝障害が顕著になるのでこれらに対する対応が主となる.前者に対しては膵外分泌機能障害の程度や便中脂肪量を指標として消化酵素の大量投与がなされる.さらに炭酸水素ナトリウムやH2受容体拮抗薬,プロトンポンプ阻害薬(PPI)などの使用により,腸内pHを上昇させることによりリパーゼ活性を促進する.また,糖尿病に対してはインスリンに過剰に反応するための低血糖が特徴であり,少し高めに血糖をコントロールした方がよい.
3)移行期の治療:
移行期には両期の病態が交わるため,個々の程度を勘案して治療に当たることが重要である.
慢性膵炎診断基準を満たさない膵炎とその治療
 慢性膵炎診断基準を満たさない膵炎には自己免疫性膵炎や閉塞性膵炎がある.
1)自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis):
 a)概念と臨床像:わが国で多く報告されている自己免疫性膵炎は,その発症に自己免疫機序の関与が疑われる膵炎と考えられているが,IgG4関連疾患IgG4-related disease(IgG4-RD)の膵病変である可能性が高い.中高年の男性に多く,膵の腫大や腫瘤とともに,しばしば閉塞性黄疸を認めるため,膵癌や胆管癌などとの鑑別が必要である.高ガンマグロブリン血症,高IgG血症,高IgG4血症,あるいは自己抗体陽性を高頻度に認め,しばしば硬化性胆管炎,硬化性唾液腺炎,後腹膜線維症などの膵外病変を合併する.病理組織学的には,著明なリンパ球やIgG4陽性形質細胞の浸潤,花筵状線維化(storiform fibrosis),閉塞性静脈炎を特徴とするlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis (LPSP)を呈する.ステロイドが奏効するが,長期予後は不明であり,再燃しやすく膵石合併の報告もある.一方,欧米ではIgG4関連の膵炎以外にも,臨床症状や膵画像所見は類似するものの,血液免疫学的異常所見に乏しく,病理組織学的に好中球上皮病変(granulocytic epithelial lesion:GEL)を特徴とするidiopathic duct-centric chronic pancreatitis(IDCP)が自己免疫性膵炎として報告されている.男女差はなく,比較的若年者にもみられ,ときに炎症性腸疾患を伴う.ステロイドが奏効し,再燃はまれである.国際的にはIgG4関連の膵炎(LPSP)を1型,GELを特徴とする膵炎(IDCP)を2型自己免疫性膵炎として分類されている(表8-9-7).
 随伴疾患としてよくみられる胆管病変は,膵病変と同様にステロイドによく反応し,硬化性胆管炎像を呈していない症例でもかなりの頻度で胆管壁や胆囊壁の肥厚や肝内胆管周囲の炎症所見を認めるとの報告など,膵・胆管に共通した病因の可能性も示唆されている.さらに,臨床経過あるいは病理組織学に観察される閉塞性静脈炎や後腹膜線維症の存在は本疾患が多巣性線維硬化症(multifocal fibrosclerosis)の側面をみている可能性も示唆されている.血中IgG4の上昇が高頻度に認められることが報告されているが,その病態生理における意義はいまだ不明である.診断基準では,広く普及している画像検査法により拾い上げをして,さらに血液学的あるいは組織学的に自己免疫性膵炎の特徴をとらえることを診断の手順とすることを推奨している. b)自己免疫性膵炎の治療:自己免疫性膵炎の病因は不明であり,原因療法はなく対症療法が治療の基本となるが,ステロイド治療が奏効する(図8-9-9).多くの場合,腹部症状は軽度であるが,症状に応じて禁酒や脂肪制限食の指導を行う.膵腫大による総胆管狭窄や硬化性胆管炎による黄疸合併例で胆道感染を合併する場合には内視鏡的あるいは経皮経肝胆道ドレナージ術による減黄と感染の治療をまず行う.ステロイド治療の初期投与量はプレドニゾロン30~40 mg/日から開始し,2~4週間投与し,1~2週間ごとに徐々に減量し,維持量(2.5~10 mg/日)にする方法が一般的に行われている.この際に血清ガンマグロブリン値・IgG値,IgG4,腹部画像所見,黄疸,腹部不快感などの臨床症状などの経過が参考になる.膵外分泌機能低下や糖尿病の合併を約半数に認めるが,ステロイド治療により膵炎の軽快とともに糖尿病の改善する例も多い.
2)慢性閉塞性膵炎:
慢性閉塞性膵炎は腫瘍や囊胞などの圧排により膵管が閉塞されて閉塞部より末梢に膵液うっ滞が生じて膵炎をきたす.慢性閉塞性膵炎は原則として外科的手術による閉塞部の切除が選択される.[岡崎和一]
■文献
日本膵臓学会:慢性膵炎臨床診断基準2009.膵臓,24: 645-646, 2009.日本膵臓学会・厚生労働省難治性膵疾患の調査研究班:自己免疫性膵炎臨床診断基準2011.膵臓,27: 17-25, 2012.岡崎和一:慢性膵炎 治療と予後.日本内科学会学会雑誌,93: 45-50, 2004.
大槻 眞,岡崎和一編:自己免疫性膵炎アトラス,アークメディア,東京,2007.

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六訂版 家庭医学大全科 「慢性膵炎」の解説

慢性膵炎
まんせいすいえん
Chronic pancreatitis
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 継続的なアルコールの多飲などによって、膵臓に持続性の炎症が起こり、膵臓の細胞が破壊されて、実質の脱落と線維化(膵臓の細胞がこわれ、線維が増えて硬くなる状態)が引き起こされる病気です。このような変化の多くは元にもどりません。

 2002年に医療機関を受診した患者さんの数は4万5200人で、人口10万人で35.5人の罹患率と推定されます。慢性膵炎は以前、男性に非常に多い病気でしたが、近年は女性の患者さんの増加が目立ち、男女比は現在2対1とされています。発症年齢では男性50代、女性60代にピークがみられます。

原因は何か

 急性膵炎と同様にアルコール多飲による原因(アルコール性)が68%と最も多く、次に原因不明の特発性20.6%、胆石(たんせき)性3.1%と続きます。男女別の原因では、男性でアルコール性が76.6%に対し、女性では特発性が50%と最も多く、男女の違いが明らかです。

 最近、自己免疫異常による膵炎(自己免疫性膵炎(じこめんえきせいすいえん))が注目されており、従来は特発性とされていましたが、現在は、膵管狭細(すいかんきょうさい)型慢性膵炎という特殊型に分類されています。

症状の現れ方

 典型的な症状として上腹部痛、腰背部痛があげられます。疼痛はがんこで持続性ですが、間欠的に生じるものもあり、また程度も軽度なものから高度のものまで人によりさまざまです。そのほかの症状としては吐き気・嘔吐、食欲不振、腹部膨満感(ぼうまんかん)などがあります。

 診察時には、上腹部を中心に圧痛(押すと痛む)がみられます。また、背中の中央あたりをこぶしでぽんぽんと叩かれると、背部から腹部にかけて広がるような痛みを感じることもあります(叩打痛(こうだつう))。

 疼痛は食後(油分の多い食事)や、飲酒後に比較的起こりやすい傾向がみられますが、とくに誘因がなく突然起こることもあります。また、まれに、まったく痛みのない慢性膵炎も存在します。

 これらの症状は、膵臓の機能が比較的保たれている早期(代償期)にみられますが、膵組織が破壊され膵機能が著しく低下した後期(非代償期)には、かえって現れなくなります。

 しかし、慢性膵炎の後期には、膵臓の外分泌機能不全(がいぶんぴつきのうふぜん)による消化吸収障害としての脂肪性下痢や体重減少、あるいは内分泌機能不全(ないぶんぴつきのうふぜん)(インスリン分泌低下)による糖代謝障害(膵性糖尿病(すいせいとうにょうびょう))が認められるようになってきます(図23)。

検査と診断

 日本膵臓学会による慢性膵炎臨床診断基準が作成されています。基準によると慢性膵炎は診断の確かさの程度により、確診例、準確診例、疑診(ぎしん)例の3つに分類されています。

 確診例とは、①画像診断(超音波、CT)によって膵石(すいせき)図24)、②内視鏡的膵胆管造影(すいたんかんぞうえい)(ERCP)によって膵管の不整拡張や狭窄(きょうさく)図25)、③膵組織所見で膵実質の減少と線維化、のいずれかが証明されたものとされています。

 準確診例は、これらの検査所見の程度が確診例ほどではないものの、かなりの異常がみられるものであり、超音波やCT検査、磁気共鳴膵胆管造影(MRCP)、ERCPなどの画像診断を用いて、膵の形態や膵管の評価を行います。

 疑診例はさらに程度が軽く、主として各症状と膵酵素異常などが認められ、慢性膵炎確診、準確診に該当しないものをいいます。

 前述の臨床診断基準では、疼痛などの症状や血液、尿などの臨床検査所見は、慢性膵炎の診断のきっかけとはなりますが、診断基準には入れられていません。これは慢性膵炎の症状がさまざまで個人差も大きく、また、アミラーゼなど膵酵素の変動も症状と必ずしも一致せず、一定しないためです。

 慢性膵炎の早期には膵臓の形(形態)や膵臓の機能に異常が少ないので、臨床診断基準の確診、準確診に当てはまる症例が少なくなっています。このため、早期の慢性膵炎の診断は困難で、臨床診断基準では、ある程度進行したものしか診断できないという問題があります。

治療の方法

 経過中に急激に悪化して(急性増悪(ぞうあく))強い症状が現れた場合は、急性膵炎と同じ状態と考えられるので、同様の治療が必要になります。

 急性増悪まではいかないまでも、軽度から中程度の症状の場合は、原因あるいは誘因を極力避けることが必要です。すなわち、食事やストレスなどの生活習慣の改善が重要です。

 具体的には節酒・禁酒を守る、脂肪の多い食事を避け(脂肪量を1日40g以下にする)、蛋白質も0.5~0.8g/㎏体重に制限します。また、過食を避ける、コーヒーを飲みすぎない、香辛料の使用を制限する、心身の安静を保つ、なども重要となります。

 急性増悪を繰り返す場合は、1回の食事量を少なくし、食事回数を4~5回にして、分けて摂取するように指導します。

 腹痛が持続する場合は、鎮痛薬や鎮痙薬(ちんけいやく)などを使用します。また、消化酵素薬や膵酵素阻害薬(すいこうそそがいやく)の経口投与も軽症の患者さんには有効です。

 膵機能の低下による消化吸収障害に対しては、消化酵素薬の大量投与が必要になります。また、胃酸分泌抑制薬も併用します。膵性糖尿病は、通常の糖尿病で使用される経口糖尿病薬ではコントロールが困難な場合が多く、一般にインスリン注射が必要になります。

 慢性膵炎での特殊治療としては、膵石に対する体外衝撃波結石破砕療法(たいがいしょうげきはけっせきはさいりょうほう)(ESWL)や内視鏡治療、膵管狭窄や膵仮性嚢胞(すいかせいのうほう)に対するドレナージ治療(管を挿入して内容物を吸引する)などがあります。

 これらの治療法の発達で、慢性膵炎に対する外科的治療は以前に比べて少なくなりました。しかし、がんこな疼痛がどうしても改善しない場合や、重篤な感染を合併した時は、手術を行うことがあります。

病気に気づいたらどうする

 腹痛や血清アミラーゼの軽度の上昇のみで、安易に慢性膵炎と診断され、漫然と投薬されている患者さんがよくみられます。まず消化器専門医の診察を受け、確実に慢性膵炎なのか、疑いが濃いのか、あるいは消化管などほかの疾患が考えられるのか、きちんとした診断を受けることが重要です。

 早期の慢性膵炎の診断は困難ですが、症状の原因となるようなほかの疾患が検査によって否定された場合には、早期の慢性膵炎の可能性を考えて、生活習慣の改善を中心とした治療を受けることも必要です。

 確実に慢性膵炎と診断された場合は、膵炎の進行阻止と合併症の予防が重要となってきます。ここでも治療の基本は生活習慣の改善であり、ほかは補助的な治療法であることをよく認識してください。

 慢性膵炎は、直接死に至る病気ではありませんが、仕事や家庭での生活の質(QOL)を著しく低下させることもあるので、決してあなどることはできません。また、慢性膵炎の長期的な経過をみると、悪性腫瘍による死亡が最も多いとされているので、定期的に検査を受けることが必要です。

大山 奈海, 山口 武人


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「慢性膵炎」の意味・わかりやすい解説

慢性膵炎
まんせいすいえん
chronic pancreatitis

慢性の進行性の膵(膵臓)の炎症で、頑固な腹痛や背部痛などの症状を伴い、かつ治療がむずかしい特定疾患(難病)である。臨床的には、(1)膵炎発作を繰り返すが膵機能が保たれている代償期、(2)膵実質の脱落と線維化が進展し腹痛発作は軽度であるが膵機能の低下による症状を主徴とする非代償期、に分けられる。男女比は4対1で男性に多い。原因はアルコール多飲が約60%を占め、次に胆石による膵炎と特発性膵炎である。特発性膵炎のなかには自己免疫性疾患に合併し自己免疫的機序が発症に関与するものが含まれる。

[中山和道]

症状と診断

症状としては急性膵炎発作を数か月ごとに繰り返し膵機能不全に陥る型と、腹痛などの急性膵炎の病歴がなく、初診時から糖尿病、膵石や吸収不良症候群などを示す型がある。非代償期の症状として食欲不振、体重減少、下痢などがみられる。

 診断としては、膵石の存在、膵外分泌機能の低下、膵管の変化が証明されれば診断できる。検査法としては、腹部単純X線検査、超音波検査、CT、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)、磁気共鳴胆管膵管造影(MRCP)を用いる。膵外分泌機能はBT-PABA試験で検査する。

[中山和道]

治療

基本は原因の除去、食事療法、疼痛(とうつう)対策、内外分泌機能低下に対する補充である。アルコール性では断酒が大原則である。食事は糖質中心の低脂肪食を摂取し、疼痛に対しては鎮けい薬、中枢性鎮痛薬を投与するが、疼痛が緩和できないときは一時的に禁食し膵分泌刺激を低下させ中心静脈栄養を行う。外分泌低下には大量の消化酵素の経口投与を行う。内分泌機能低下の場合は糖尿病治療に準ずる。外科的治療としては主膵管の拡張が著明で、膵石がある場合には膵管空腸側々吻合(ふんごう)術、巨大膵嚢胞(のうほう)で周囲臓器の圧迫症状があるときには外科的あるいは内視鏡的ドレナージを行う。開口部に近い主膵管内の膵石が膵液の流出障害を起こし腹痛の原因となっている場合は、内視鏡的にバスケットカテーテルでの除去が行われている。

[中山和道]

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家庭医学館 「慢性膵炎」の解説

まんせいすいえん【慢性膵炎 Chronic Pancreatitis】

[どんな病気か]
 慢性膵炎とは、膵臓(すいぞう)での慢性の炎症がくり返し持続されることによって、膵臓が破壊され、その後に線維化(せんいか)がおこるなど、元にもどらない(非可逆性(ひかぎゃくせい)の)変化をきたし、膵臓の機能が低下した状態をいいます。
 持続または反復する腹痛や背部痛(はいぶつう)(背中の痛み)が最初の症状で、やがて進行すると、膵臓の外分泌作用(がいぶんぴつさよう)(消化酵素液(しょうかこうそえき)の分泌)の機能不全として、消化不良による脂肪便(しぼうべん)がみられたり、内分泌作用(インスリンなどのホルモンの分泌)の機能低下によって糖尿病になったりします。
[原因]
 日本における慢性膵炎の原因としては、アルコール性のものがもっとも多く、男性では70%であり、女性を合わせても過半数を占めます。
 原因が不明の特発性膵炎、胆石性膵炎と合わせて、この3つの原因が9割以上を占めます。
[検査と診断]
 慢性膵炎は、膵石(すいせき)が腹部単純X線撮影やCTスキャン、超音波などで証明されれば、確実に診断できます。
 また、膵臓の外分泌検査(セクレチン試験)により、膵液の重炭酸濃度の低下、液量、酵素(こうそ)の低下など、膵外分泌機能の低下が証明されれば確実となります。
 そのほか、便中のキモトリプシンという酵素の測定や、PFDと呼ばれる消化吸収した物質の尿への排泄能(はいせつのう)の検査などにより、膵臓の外分泌機能をみて、診断の参考にします。脂肪の消化吸収不良によって脂肪便が現われるのは、慢性膵炎のかなり進んだ時期です。
 ERCP(内視鏡的膵胆管造影法(ないしきょうてきすいたんかんぞうえいほう))検査では、内視鏡を十二指腸(じゅうにしちょう)へ進め、そこから膵管の造影を行ないます。慢性膵炎では、膵管(消化液である膵液の通過する道)に特徴的な変化がとらえられます。
 最近では、MRCPと呼ばれる、MRI(磁気共鳴画像装置)を利用した膵胆管像検査が、侵襲(しんしゅう)が少ない(からだに負担の少ない)ために、ERCPに先立って行なわれることが多くなっています。
[治療]
 膵臓の痛みがあり、炎症をともなう時期には、急性膵炎(「急性膵炎」)に準じた治療を行ないます。
 炎症のないときには、鎮痛薬などによる疼痛治療(とうつうちりょう)を行ないますが、内臓神経のブロックが効果を現わすこともあります。
 痛みのない時期には、機能障害を補うために、かなり大量の消化酵素を内服したり、あるいは脂溶性(しようせい)ビタミンの不足に対して、総合ビタミン剤を服用したりします。
 糖尿病の重い人では、インスリン治療も必要となることがあります。
[日常生活の注意]
 慢性膵炎の食事性の因子として、高たんぱく、高脂肪、低脂肪、低たんぱく、低栄養などが危険因子とされているため、バランスのとれた食事をとることがたいせつです。
 とくに病気が進行して消化不良状態となっているときには、脂肪の摂取を少なくしないと、下痢(げり)をおこします。
 アルコール性膵炎では、禁酒することが重要であることはいうまでもありません。
 慢性膵炎の予防には、飲酒をコントロールし、適量にすることがもっとも重要です。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「慢性膵炎」の意味・わかりやすい解説

慢性膵炎
まんせいすいえん
chronic pancreatitis

膵臓組織に線維化を主体とした病変が生じ,膵臓機能が阻害されて,原因を除去してもすでに不可逆的か,進行性の疾患。 30~60歳代の男性に多くみられ,原因としてはアルコール,胆石症,原因不明のもの (特発性) がある。低頻度ではあるが,急性膵炎から移行したもの,家族性に発症するものもある。自覚症状は,腹痛,体重減少,吐き気,嘔吐,腹部膨満感,便秘などで,腹痛は 95%に認められる。予後はあまり良好とはいえない。激痛発作に対しては絶食療法,栄養や水分の非経口的な補給,消化酵素の投与が行われる。病勢の静止期には,厳重な禁酒と低脂肪食などの食餌療法が必要である。

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世界大百科事典(旧版)内の慢性膵炎の言及

【膵炎】より

…膵臓炎ということもある。1963年,マルセイユにおいて膵炎シンポジウムが開催され,膵炎は,(1)急性膵炎,(2)再発性急性膵炎,(3)慢性再発性膵炎,(4)慢性膵炎に分類するとの統一見解が出された。急性膵炎(上記(1)(2))が膵臓の一過性の急性反応と定義されるのに対し,慢性膵炎((3)(4))は炎症を起こす原因や因子をとり除いても,膵臓の形態的,機能的な障害が不可逆的であったり,あるいは進行するものとみなされている。…

※「慢性膵炎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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