改訂新版 世界大百科事典 「腎臓移植」の意味・わかりやすい解説
腎臓移植 (じんぞういしょく)
renal transplantation
末期腎不全などによって腎臓の機能が途絶したとき,他者の腎臓を移植して機能を代行させる方法。腎臓移植は1954年,アメリカのボストンで一卵性双生児間で行われたものが最初の成功例である。しかしその後,拒絶反応によって失敗が相次いだ。ところが,60年代に入って免疫抑制剤が開発されて成功率も上昇し,現在では角膜移植に次いで多い臓器移植となっている。日本でも,欧米に比べて少ないものの,94年現在9800例を超え,毎年,約500例が行われている。正常な腎臓は能力に余裕があるため,二つの腎臓のうち一つを取り去っても,腎機能が正常であれば大きな支障なく日常生活を送ることができる。そこで腎臓移植では,死体から供給を受ける死体腎移植のほか,生きた人から供給を受ける生体腎移植が可能である。欧米では70~90%が死体腎移植であるが,日本では逆に死体腎移植は20%台と少ない。
腎臓機能が途絶したときの治療には透析療法もあるが,透析療法は腎臓のもつ機能のうちの血液ろ過作用と体液平衡機能をかなりの程度代行できるものの,内分泌機能をはじめいくつかの機能は代行できない。また,透析のためには週2~3日,3~5時間を必要とするために,社会生活上の制約も小さくない。一方,腎臓移植の場合は,移植された腎臓が十分に機能すれば健康人と変わらぬ生活が可能であるが,拒絶反応や腎臓疾患の再発,さらに免疫抑制剤の使用による副作用や感染症にかかりやすいなどの欠陥もある。また,血液型をはじめ,組織適合性の一致した授与者を見つけることもそう容易ではない。したがって,腎臓移植を行うにあたっては,本人の病状や移植後の経過を予測して判断をすることが必要となる。一般には,悪性腫瘍,感染症や下部尿路障害,肝臓障害などがある場合は,適当ではない。
腎臓移植を行う場合は,授与者donorと被授与者recipientの組織適合性を十分チェックした後,生体腎移植では左側の腎臓を摘出する。摘出した腎臓は十分に洗浄灌流して血液を除去した後,被授与者に移植する。死体腎は24~72時間保存が可能である。被授与者の腎臓は,かつては移植前に摘出していたが,現在では感染症や腫瘍などがなければ摘出しないのが普通である。移植後は,拒絶反応を防止するために,大量の免疫抑制剤を用い,感染の予防に注意を払う。また,術後48時間くらいは尿管カテーテルを留置して,尿量などのチェックを行う。拒絶反応には,移植直後に腎臓機能が失われる超急性拒絶反応,数日後に急速に腎機能が低下する急速進行性拒絶反応,1週間くらいで発症する急性拒絶反応,ネフローゼ症候群などで発症する慢性拒絶反応がある。
腎臓移植の5年生着率は,80年代には死体腎移植では約30%,生体腎移植では約60%となっていたが,その後の有効な免疫抑制剤の開発などによって,90年代にはそれぞれ,およそ65%,75%に改善されている。ただし,腎臓移植が成功しない場合でも透析療法が行えるので,生存率はより良好である。
腎臓移植は末期腎不全の治療法として確立され,年々増加する傾向があるが,拒絶反応などを含め,未解決の部分も少なくない。なお,拒絶反応を含め,臓器移植の全般にかかわる問題については,〈臓器移植〉の項を参照されたい。
→人工透析
腎臓移植に関する法律
1979年〈角膜及び腎臓の移植に関する法律〉が制定され,死体腎移植についての手続が定められた。この法律では,本人が生前に書面で承諾し,遺族が拒否しない場合,あるいは遺族が書面で承諾しないかぎり,摘出は行えない。また,この法律では腎臓提供のあっせんについても規定しており,これに基づいて各都道府県に〈腎臓バンク〉が運営されている。
執筆者:菊池 祥之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報