内科学 第10版 「膵・消化管ペプチド」の解説
膵・消化管ペプチド(摂食調節ホルモンと肥満)
a.グレリン(ghrelin)
グレリンは,現在知られている消化管ペプチドの中で,唯一の摂食亢進作用を示すペプチドである.グレリンはおもに胃で産生され,28アミノ酸残基からなる.3番目のセリンの水酸基が炭素数が8個の脂肪酸であるオクタン酸により修飾され,活性型を示す.脂肪酸付加はアシル化ともいわれ,オクタン酸が付加したグレリンはアシルグレリンともよばれる.オクタン酸の付加は,グレリン産生細胞の細胞膜に存在する脂肪酸転移酵素であるグレリンO-アシルトランスフェラーゼによりなされる.胃ではオクタン酸が結合していないデスアシルグレリンとアシルグレリンが約1:1の割合で存在しているが,血中ではエステラーゼにより脂肪酸が解離したデスアシルグレリンが主体で,アシルグレリンの割合は約1~2割である.グレリンは腸管,膵臓,心臓,腎臓,視床下部,胎盤などでも産生される.胃のグレリン産生細胞は,X/A-like細胞とよばれていた内分泌細胞で,管腔とは接していない閉鎖型細胞である.グレリン受容体は7回膜貫通型のGq蛋白共役型受容体で,グレリンが結合すると細胞内Ca2+とジアシルグリセロール濃度が増加し,生物活性を示す.グレリン受容体は下垂体や視床下部弓状核や外側野を含む複数の核,ならびに海馬や中脳などの中枢神経系や末梢組織に幅広く発現している.グレリンはGH(成長ホルモン)分泌促進作用を有し,GHRH(成長ホルモン放出ホルモン)と相乗的に作用する.視床下部弓状核に存在するニューロペプチドY(NPY)とAgRP (agouti-related protein,アグーチ関連蛋白質)ならびに視床下部外側野のオレキシンを活性化して摂食を亢進する.胃からのグレリンを受けるグレリン受容体蛋白は,迷走神経求心線維の細胞体が集簇している迷走神経節で産生され,軸索輸送により胃粘膜まで運ばれる(神経細胞体の集簇を中枢では核というが,末梢では節という).
グレリン基礎値の血中濃度は肥満度と逆相関し,やせをきたす神経性食欲不振症,癌,慢性心不全や呼吸不全による悪液質(cachexia)で高値となり,肥満で低値となる.血中グレリン濃度は空腹時に高値になり,食後は速やかに低下する.肥満者ではこの変動が小さくなる.慢性胃炎,特にHelicobacter pylori陽性者ではグレリン産生は低下する.グレリンは,胃切除後,癌を含めたさまざまな原因による悪液質,慢性閉塞性肺疾患,機能性胃腸症,神経性食欲不振症などに対する治療薬としての臨床研究が進められている.グレリン受容体刺激物質であるGHRP-2(growth hormone releasing peptide-2)はGH分泌刺激作用があり,GH分泌不全診断薬として使われている.
モチリンは,グレリンとアミノ酸配列の相同性がある22アミノ酸からなるペプチドで,胃前底部,十二指腸粘膜,空腸に存在して空腹期に分泌され,胃の収縮運動を刺激する.モチリン受容体は胃と甲状腺に高発現し,ヒトではグレリン受容体と52%のアミノ酸相同性がある.
b.コレシストキニン(cholecystokinin:CCK)
CCKは,はじめ腸管粘膜から胆囊を収縮する物質として,後に膵酵素分泌を刺激する物質として発見され,1976年に単離・構造決定された.摂食抑制に機能する最初の消化管ホルモンとして同定された.115アミノ酸残基からなるプレプロCCKから複数種のCCK分子が生成されるが,8個のアミノ酸からなるCCK8が最も強い活性を示す.腸管では上部小腸粘膜のI細胞に存在し,神経系では大脳皮質,扁桃体,海馬,中脳,脳幹部に存在する.CCK受容体は,7回膜貫通型のG蛋白共役型受容体で,CCK-A受容体とCCK-B受容体に分類され,それぞれ別個の遺伝子に由来する.ヒトではCCK-A受容体は胆囊,胃,大脳辺縁系に存在し,CCK-B受容体は大脳全体,胃粘膜,膵臓に存在する.CCK-B受容体はガストリン受容体でもある.脂肪酸や蛋白質の消化産物が腸管腔に到達するとCCKの分泌が促進される.CCK濃度は食後に上昇する. CCK-A受容体は,迷走神経節に存在する迷走神経求心性ニューロンで産生され,軸索輸送により腸に運ばれる.消化器への作用は,胆囊収縮や膵酵素分泌刺激に加え,胃内容排出抑制,幽門括約筋収縮,セクレチン作用増強,膵臓栄養作用,肝・膵・腸管血流増加などがある.
c.プログルカゴン由来腸管ペプチド
腸管内分泌細胞であるL細胞ではプログルカゴンからグリセンチン,GLP-1,GLP-2,オキシントモジュリンが産生される.L (large) 細胞はその分泌顆粒が250~400 nmと大きいことから命名された.オキシントモジュリンはN端部にグルカゴン構造を含む37アミノ酸からなるペプチドである.胃液分泌抑制やGLP-1受容体を介した摂食抑制作用がある.オキシントモジュリンのN端にグリセンチン関連膵ペプチドが延長したグリセンチンには摂食抑制はない.GLP-1は脳幹と視床下部に作用して摂食を抑制するが,GLP-2にはこの作用はない(図12-15-1).
d.ペプチドYY(PYY)
36アミノ酸残基からなり,NPYや膵ポリペプチド(PP)とともにPPペプチドファミリーに属し,いずれもC端はチロシンアミドである.PYYは回腸のL細胞や結腸と直腸のH細胞で産生され,L細胞ではGLP-1と共存している.ジペプチジルペプターゼⅣ (DPP-Ⅳ) によりN末端から2残基がはずれたPYY3-36が主たる分子型として食後に血中に分泌される.脂肪分解物が分泌刺激因子となる.視床下部弓状核のPOMCニューロンに発現しているNPY Y2受容体 (Y2受容体)を介して,摂食抑制に作用する.胃液や膵外分泌の抑制,胃運動の抑制,胆囊収縮抑制作用もある.回腸に栄養素が入ると胃酸分泌や胃運動が抑制される回腸ブレーキ現象にPYYは関与している.
e.アミリン
Ⅱ型糖尿病の膵島アミロイドを形成する物質として同定された37アミノ酸からなるペプチドである.膵β細胞で産生されインスリンと共存し,共分泌される.摂食抑制作用があり,ヒトへの臨床応用が進められている.
f.インスリン
インスリン受容体は視床下部にも発現しており,動物実験ではインスリンが摂食抑制や体重減少に作用することが示されている.[中里雅光]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報