日本歴史地名大系 「自性寺」の解説 自性寺じしようじ 大分県:中津市中津城下新魚町自性寺[現在地名]中津市中津 新魚町新魚(しんうお)町の西端にあり、金剛山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊釈迦如来。奥平氏の菩提寺で、三河国設楽(したら)郡門前(もんぜん)村(現愛知県新城市)に天正五年(一五七七)創建され、金剛山万松(まんしよう)寺と称していたが、延享二年(一七四五)自性寺と改称した。奥平氏とともに各地に移転し、享保二年(一七一七)現在地に移った。境内には中津藩主奥平家墓所とともに、隠れキリシタンの墓ともいわれる織部灯籠がある。 自性寺じしようじ 茨城県:行方郡北浦村内宿村自性寺[現在地名]北浦村内宿臨済宗妙心寺派、本源山と号し、本尊は釈迦如来。寺伝によれば寛文一〇年(一六七〇)領主の皆川秀隆が村内の新城(しんじよう)に一宇を建立したことに始まり、その子広隆が次木(なみき)村の正安(しようあん)寺をこの地に移して自性寺とし、天和二年―貞享元年(一六八二―八四)にかけて本堂を建立したという。日光山建築に使用した残材をもらい受けたとも伝えられ、現存する本源山自性禅寺上梁銘には「施捨法財異境良材所知衆木山堆岳積奉行命武田勘右衛門義並」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報