コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

荒木田麗 あらきだ れい

3件 の用語解説(荒木田麗の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒木田麗 あらきだ-れい

1732-1806 江戸時代中期-後期の文学者。
享保(きょうほう)17年3月10日生まれ。荒木田武遇(たけとも)の養女となり,西山昌林に連歌をまなぶ。慶徳家雅(いえただ)と結婚。漢詩,連歌にすぐれ,歴史物語,紀行文,随筆など400巻もの著作をのこした。文化3年1月12日死去。75歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。初名は隆。字(あざな)は子奇。号は紫山,清渚。作品に「池の藻屑(もくず)」「笠の舎(やどり)」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

荒木田麗

没年:文化3.1.12(1806.3.1)
生年:享保17.3.10(1732.4.4)
江戸中期の文学者。伊勢内宮地下権禰宜荒木田武遠の娘,13歳で叔父の外宮御師・慶徳武遇の養女となる。文雅の家に育ち和漢仏の素養を十分身につけた。22歳,慶徳家雅と結婚するころから連歌と詩文にしぼって才を育んだ。40歳代からは本格的な文筆生活に入った。『池の藻屑』『月のゆくへ』など中古や中世の史書に取材した歴史物語はいずれも優美な擬古文で綴られた名作。和歌,俳諧,紀行文などを含む膨大な作品群を残した。漢学の師,江村北海はその詩風を「婉順にして閨閤の本色を失はず」と評し,「題画」の1首「楊柳青辺澗水流 春風倚棹木蘭舟 人家隔在峰巒裏 想像長伴麋鹿遊」を『日本詩史』(第2巻)に収めた。<著作>伊豆野タツ編『荒木田麗女物語集成』<参考文献>三村竹清「荒木田麗女」「麗女伝蛇足」(日本書誌学大系23『三村竹清集』7巻)

(ロバート・キャンベル)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

あらきだれい【荒木田麗】

1732‐1806(享保17‐文化3)
江戸後期の女流文学者。伊勢の人。荒木田武遠の女。初名は隆。慶徳家雅に嫁し,紫山また清渚と号す。幼時より学を好み,長じては和歌,連歌をよくした。また漢詩,国史をも兼修するかたわら,歴史小説等の創作を手がけた。代表作に三鏡(《大鏡》《増鏡》《水鏡》)の文体になぞらえた《月のゆくへ》,《増鏡》の続編ともいうべき《池の藻屑》,《遊仙窟》の翻案小説《藤の岩屋》等がある。同趣の《野中の清水》は,本居宣長の目に触れ,添削批評を加えられたが,反駁(はんばく)して屈服しなかった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

荒木田麗の関連キーワード荒木田久守中川経盛棡友壽荒木田尚賢荒木田盛徴荒木田守夏荒木田守訓菊屋末偶薗田守良中川経晃

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone